2009年11月 4日 (水)

それってどうなの?

今朝の新聞で、ワタシとしては珍しく、突っ込みどころ満載の記事を目にした。

まず、「新型インフルエンザに対し、周囲の反応は過敏」だそうで、投稿者の主婦は、乗り物の中で「『ゴホン』とせきをするのにも気を使」い、「のどが急にいがらっぽくなっても限界まで我慢」しているそうで「世知辛いご時世だ」と嘆いてらっしゃる。

乗り物の中でせきをするときに周囲に気を使うのは最低限のエチケットで、それは今も昔も、新型インフルエンザが流行っていようがいまいが、関係なく、社会のルールだと思いますが。

それを「世知辛いご時世」だなんて。いったい、世の中の何を知って、ご時世を語ってらっしゃることやら。

それから、季節性インフルエンザの予防接種に予約を入れて近所の医院に行くと、待合室が患者であふれ、マスク姿が目立ち、看護師もマスクで警戒態勢。「私は何も持ち合わせておらず不安が募った」そうだ。

って、その医院の警戒態勢こそがまさしく今の「ご時世」でしょうが。そんなことも知らないで、信じられないことにマスクも持たずに飛び込んで、「不安が募った」なんて被害者意識はいかがなものかと。

そして、「この人数では待ち時間が長くなりそうなので感染しないように覚悟を決めた矢先に名前を呼ばれた」そうだけど、「感染しないように覚悟を決めた」って、日本語としておかしいと思う。「感染してもしようがないと覚悟を決める」のが普通でないかい?

「『この人、インフルだから順番が変わるけど先に診察室へ入って』と大声で看護師」に言われて「ギョッとした」らしいけど。

確かに個人情報を大声で話す看護師はどうかと思うけど、医療従事経験のない素人だったら、「このくそ忙しいときに予防接種なんて!ちょっとは空気読めよ!」と思うかもしれないね。

でも、この白衣の天使はきっと、「この人は病気じゃないから、先に予防接種をして、感染しないように早く帰しましょう」と思ったんじゃないかな。

「待合室は一瞬凍り付き、隣の人はあわてて口元を手で覆った」そうで、そりぁしかたないでしょ。マスクもしてないし。ワタシがその場にいてもそうします。感染予防は自己責任ですから。

「『違うんです。私は予防注射です』と言いたかったが、追われるように診察室へ入った」この主婦は、「背中に注がれる視線が痛く感じられた」そうで、インフルエンザに対する世間の反応が過敏であると論じてらっしゃるわけ。

「私は違う」と主張することこそ、インフルエンザに対して過敏に反応している証拠ではないのかな。この主婦だって、インフルエンザに感染したくないから、いち早く予防接種を受けたわけでしょ。

「背中に注がれる視線が痛く感じられた」のは当然のことで、ここでも被害者意識を持ち出しておられるが、その了見がよくわからない。

その視線の持ち主は、この主婦に診察の順番を越された待合室の待ち人たちは、間違いなく何らかの病を得た人、またはその付き添いの人、もしくはインフルエンザに対してハイリスクの人たちであったはず。

世間が過敏と批判する前に、もう少し我が身を振り返り、周囲に対して気配り心配りをなさったほうがよろしいかと。

朝っぱらから深ーく突っ込んでしまったワタシだった。


| | コメント (0)

2009年4月30日 (木)

パソコンがっ!

どうもこのブログ、ほったらかし状態で、あきれられているのではないかと反省しております。

理由は多々あるのですが、どれもこれも言い訳になるのでやめときます。

でも。

どうも、パソコンの調子が悪いのです。

購入店の「お客様相談窓口」へ行き、「パソコンの調子がっ!」と訴えてみたのですが、「持ち込み修理になります」とつれない返事。

だったら「お客様相談窓口」なんて親切そうな看板やめてほしいなー。

いっぱいある配線を、どうやってはずしていいかわからないから、家まで修理に来てほしいんだよー。

てなことを切々と訴えると、「配線に印をつけて、ねじ回しで後ろを開けるといいんですよ。マニュアルに書いてあるでしょ」と、更につれない。

でもって、ブログ更新もままならないというわけです。

あはは。

やっぱり言い訳でした。

 
誰か、パソコン修理してーーーーっ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 8日 (日)

ゲーム漬けの日々

このごろ、携帯ゲームにはまっている。

世間では、「子供がゲームにはまって、ちっとも勉強しない」と言われているが、大人だってゲームに夢中になれば、ゲーム以外は何もしなくなる。

生産性がないのは明白なのだが、脳の活性化にはいいのではないかと、勝手に言い訳してみる。

まぁしかし、もうじき春もやってくるのだし、もうちょっと健康的なことにもトライしてみようかなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 9日 (日)

IE7ってやつは

パソコンに触るようになって10年以上たつが、いまだにわかったようでわかっていないことがたくさんある。

今日も「メールチェックでもしようかなぁ~」と思ってパソコンを立ち上げると「更新の準備が~」なんて表示が出るではないか。

「ええい、面倒くさい」と思いつつも、言われるがまま、なすがままにクリックしていくと、いつのまにか「IE7」がインストールされていた。

この前も、えらいこと時間がかかって「SP3」がインストールされていたし。

こんなことでいいのか、ワタシ。

 

そいでもって、「アドオンを取得する」なんて項目を開こうものなら、全部、英語。

国別の選択肢は、アメリカとドイツと中国とな。

何か、ワタシ、間違ってます?まいくろそふとさん。

 

で、この「IE7」ってやつが、妙によそよそしい。

なんでかな、と思っていたら、

そうだ、

職場のIEと違うからだってことに気がついた。

 

 

まあ、どうでもいいと言えばどうでもいいんだけど。

言われるとおりに更新しないと、右隅のバーに黄色いびっくりマークが出たままになって、気味が悪いしなぁ。

この歳になると、あんまり変化は好まないんだよぉ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 8日 (土)

またかよ!

巷を賑わせている「定額給付金」

バラマキ批判とかいろいろあるけど、

ひとつだけ聞き捨てならないのが「世帯ごとの所得制限」

 

何で個人ごとじゃなくて世帯ごとなの?

前にも書いたかもしれないけど、

同じだけ働いて、同じだけお給料をもらっているワタシとA氏がいて、

たまたまA氏の妻が専業主婦で、

ワタシの夫が専業主夫じゃないだけで、

こういった「定額給付金」みたいな制度に差がつくって、どういうこと?

「夫婦と子供2人の標準世帯であれば6万4千円」とか。

その所得制限とやらがおいくらになるか知りませんけど、

はっきり言って、我が家だって生活苦しいんですから。

6万4千円、いただけるものならいただきたいですよ。

 

専業主婦であろうと兼業主婦であろうと、

家の中のしごとに多寡はないんですよ。

なんでそう、「標準世帯」を奉るかな。

その姿が、国にとってあるべき姿なのかな。

 

なんか、そういうことのために働いて税金を納めるの、

不公平だと思うけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月21日 (火)

マイバッグお持ちですか

しごと帰りにたまに行くスーパーのレジで、このごろ「マイバッグお持ちですか」と聞かれるようになった。

こう聞かれないときは、ちょっと勇気を出して「あ、袋いりません」と言ったり、疲れているときは『マイバッグあるけど、ま、いっか』と無言でレジ袋をもらったりしていた。

「持っていますか」と聞いてもらえるのは、小心者のワタシにはとてもありがたい。

それだけでもありがたいのに、ここのスーパーは何円か引いてくれる。

いくら引いてくれるか正確にはわからないが、今日は2円引きだった。

 
スーツにハイヒールにマイバッグから出ている長ネギ。

微妙なミスマッチかもしれないけど、何か幸せな気分。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月13日 (水)

ショップとスタッフ

唐突だが、本当に唐突だが、

iTunesの曲の長さ(時間数)の合計が24時間を超えると

「日」単位で表示されてしまうのが、なぜかなじめない。

 
曲の長さが「日」って…。

 
ま、それはいいとして。

 
ワタシの知っているアップルストアでは、スタッフが普通に英語をしゃべっている。

ここに限らず、アップルはそういう方針なのかもしれないけど、何かいいよねぇ~shine

例の超薄いノートパソコンのCMを見るたびに、うちの息子なんぞ、

「も、まじやばい」の連発。

ごめんね~。大学受かったら、考えるから。

 
ま、それもいいとして。

 
アップルにしても、GAPにしても、スタバにしても、

スタッフを見ると、「あぁまさしくこのショップのスタッフだわ」といういい感じのタイプが多い。

ショップがスタッフを選ぶのか。スタッフがショップを選ぶのか。

どちらにしても、いい感じのショップには、いい感じのスタッフにいてほしい。

 
だからたま~に、本当にたま~に、

「え~、この人ちょっと違う…」なんて人に巡り会うと、結構へこんでしまう。

それと、ショップの外で、全く違う姿を見せられるのもどうかと…。

ま、オフのときまでショップのイメージを強制するつもりはないんですけどね~。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月11日 (月)

理不尽な要求

理不尽シリーズ第2弾。第1弾はこちら

多くの人が経験することだと思うが、しごとをしていると、「そんなのありかよ?」と思われるような理不尽な要求をされる。

 
普段はお上品な(うそですhappy01)このワタシが、

 
てめぇたいがいにしとけよannoy

いっぺんしばいたろかannoyannoypunch

 
と思ってしまうほどなのだ。

 
 
そういうときワタシは、

 
「なんぼのもんじゃい」

 
「なんぼのもんじゃい」

 
「なんぼのもんじゃい」

 
と繰り返す。

いや、繰り返しても、どうなるものでもないのだが。

 
 
いったい、やつらは何様なんだ?

たかだか、

ちょっとばっかり権力を持っていたり、

権力者と近かったり、

まぁ、

よくわかんないけど、

たいしたことないというか、

ワタシから言わせると、

その、

はっきり言って、

ただの

 
 
くず

 
 
 
 
じゃん。

あー、すっきりした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月10日 (日)

理不尽なそしり

ワタシは、全くもって根性なし。

というか、気が弱い。

きっとクレーム対応部署など、勤まらないだろう。

だから、クレームを言われる人のことを考えると、どんなに腹が立っても、なるべく押さえ気味に文句を言おう、とは思っている。

できないことも、多いけど…。

まぁ、それくらいに気が弱いのだ。

 
そんなワタシが、理不尽なそしりを受けるとどうなるか!?

もう、怒りやら憎しみやら悔しさやら情けなさやら悲しさやら、ありとあらゆるネガティブな感情の渦に飲み込まれてしまう。

世の中に法律というタガがないとしたら、その相手をこの世の中から消してしまいたいとさえ思うだろう。

でも、そんなことができるはずもなく。

ワタシはそういうとき、さめざめと涙を流す。

その、理不尽なそしりを受けた場面を思い出すだけで、ワタシは瞬時に泣ける。

そのときのワタシは、きっと般若のような顔をしているだろう。

 

人間というのは、罪な動物だ。

誰かが誰かを傷つける。

傷つけた方は、そんなに深く相手を傷つけたとは思っていないこともある。

そうして、知らず知らずのうちに、誰かから深く憎まれている。

 
人を憎んで生きるなんて、そんなネガティブなことはしたくない。

もとより、そんな感情を持っていると、幸福になれないような気がする。

でも、自分に与えられるであろう幸福を手放してでも、憎いと思う気持ちを払拭できないことだって、あると思う。

こんなに煮えたぎった感情も、いつかは冷める日がやって来るんだろうか。

あぁ、そんなこともあったよなぁ…と、静かに思い返せるときが来るんだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月22日 (土)

心が折れるとき

どこかの国の偉い人じゃないけれど、心が折れそうなときって、確かにあるよね。

信頼している人から裏切られたり。

大好きな人から冷たくされたり。

普段は厳しい人から、思いがけず優しくされたりしたときなんかも、逆の意味で。

もう、なーんか、折れまくり。

ものすごく大きな存在の人が、いきなりワタシのそばからいなくなる。

この喪失感は、なんだろう。

悲しくて、寂しくて、不安で、たまらない。

いかないで、と言えたらどんなにいいか。

でも、そんなことは言えるはずもなく。

ただ黙って、背中を見送るだけ。

「頑張りすぎだよ」なんて言わないで。

頑張らせるのは、誰?

ワタシのことが心配ならば、「頑張ったね」なんて言わないで。

いなくなるのなら、優しくしないで。

優しくされると、心が折れる。

泣かずに「さようなら」を言わせて。

ワタシの笑顔だけを、覚えておいて。

お願いします…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月27日 (月)

関係ないね

社会人として、他人から言われて最もいやなことは何か?

ワタシの場合は、ずばり、

「能力がない」

だな。

「キミは能力がないね」「キミは本当にダメだな」

なんて言われた日にゃ、もう、しごとをやめたくなる。

 
逆に、

「キミは能力があるね」「キミは優秀だ」

なんて言ってもらえると、そりゃもう、天にも昇るうれしさよ。

 
いや、別に、だからどうってことは、ないんだけど。

 
何かワタシ、しごと関係の友人知人が多くて。

自分の無能さが、そういう友人知人に知れわたるの、すっごいイヤだったんだよね。

だから、結構、無理してた部分もある。

 
でも。

結局、自分は自分だし。

無能なワタシがイヤで、ワタシから離れていく人がいたとしたら、はい、それまでよ。

無理して背伸びしても、キツイのは自分だけ。

 
はい、ワタシには能力がありません。

そう開き直ってもいいんじゃないかな。

できないのは、本当なんだもん。

今はできないけど、これからできるようになるかもしれない。

やれるだけのことはする。

それがワタシ。

 

性格の良し悪しとか、ものの言い方とか、女だからとか、

そんなの関係なーい!

そんなの関係なーい!!

 

ワタシはワタシ。

 

ここにいるのは、

世界でひとりだけの

ワタシなんだよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 1日 (日)

ため息ひとつ

ここ数ヶ月で、一番気に入っている言葉。

 
「ため息をついちゃだめだよ。ため息をひとつつけば、幸せがひとつ逃げていくんだよ。」

 
 
ワタシに直接かけられた言葉じゃないけど、心の中でため息ばかりついていたころだったから、妙に心に響いた言葉だった。

 
ある日、この言葉をはいた本人が、深~いため息をついていた。

「ため息ついたら、幸せが逃げますよ」と声をかけると、

「オレに幸せなんか、ひとつもねぇんだよ」…だそうで。

 
「そんなあなたを、私が幸せにしてあげる」みたいな人が現れると、いいですね~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月30日 (土)

もしかして

さて、環境が変わって周囲のスタッフも一新したワタシ。

あまりの忙しさに、新しい人間関係を構築しようとか、うまく立ち回ろうとか、意気込むヒマもなかった。

でも、その気負いのなさが奏功したのか、今のところはなんとかうまくいっている。

 
 
ここだけの話。

ワールドワイドのこの場所で、「ここだけ」というのもおかしいが。

いや、本当にここだけの話、ワタシは実は惚れっぽい。

色恋沙汰とか、そういうんじゃなく、すぐに「あー、この人いいな」と思ってしまう。

それは、テレビに出てくるタレントさんであったり、スポーツ選手であったり、はたまた街で見かける通りすがりの人だったり。

しごとがらみで出会う人も、もちろん。

「息する間もないほど忙しい」みたいなときでも、ピピッと「いいな」光線が走る。

(ワタシの体調を心配してくださった皆さん。不埒なワタシをお許しください。)

 
 
じゃぁ、どんなときに「いいな~」と思うんですか?

(ここからは、ワタシのひとり芝居をお楽しみください。)

 
う~ん、それはさまざまですね~。

 
例えば、今なんか「クールビズ」でしょう?

ネクタイをはずして、シャツの第一ボタンなんかもはずしているわけですよ。

そうすると、ラウンドネックの白いTシャツが見えるわけです。

いや~、もうくらくらですよ。

色は真っ白。絶対にラウンドネック、丸首ですよ!

Uネックなんて、許せません。色物のシャツなんて、あり得ない。

ランニングシャツ?論外ですね。

 
普段は、ネクタイをきりりと締めて、上着をばしっと着てて、しごともばりばりこなしている人が、丸首シャツですよ。

そういうときのカッターシャツは、白よりも紺のストライプなんかのほうがよろしくて。

な~んか、こう、完璧に見える人の、ちょっとしたスキみたいなとこ、くらっときません?

 
え?こないって?

 
そうかなぁ?

ワタシって、もしかして、丸首シャツフェチ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月26日 (火)

困ったことが

人間、窮地に陥ると、生き延びようとして脂肪を蓄えるらしい。

今のワタシがそれ。

身体が正直に反応して、「1週間飲まず食わずでも、生き続けます」みたいなからだつきになっている。

これじゃいかん。

ほめられたことではないけれど、こういう過酷な状況でも、脂肪を蓄えないようにしないと…。

とは言っても、ヨガに行くヒマはないし、食事はいつも早食いだし。

こうなったら、今、深夜の通販番組で爆発的人気の、例のダイエット法でもやってみようかなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月24日 (日)

なんとか生きてます

いや~、ホント、生きていくってたいへんですね。なんて思うヒマもない今日このごろです。

ま、それでもなんとか生きながらえているのは、やっぱり「人」とのつながりでしょうか。

うまくは言えないけど。

先日、本当に久しぶりに、デパートに行きました。

新しいお洋服でも買おうかな、と思って。

ショップの鏡に映った自分を見てびっくり。

「精気」がないって、こういう顔なんだな…。

職場では、それなりに、がんばってる顔をしているつもり。

「気が張ってる」というか。

でもやっぱり疲れてる。とほほ…。

ワタシの場合、家族がいたり、飲み友がいたり、ママ友がいたりで、「しごと」とは別の世界があることが、救いになっていると思う。

でも、本当はおかしいかも。

自分のために「しごと」があるんであって、「しごと」のために自分があるんじゃないはず。

「しごと」のために、ものすごくたくさんのものを犠牲にしている今のワタシは、間違っているのかもしれない。

だけど。

どうしようもできない。

逃げることも降りることも、できない。

いや、もしかしたらできるかもしれないけど、そうしちゃったら、きっと自分ではなくなると思うし、きっと後悔すると思う。

まわりのたくさんの人たちに支えられて、もう少し、がんばってみます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 7日 (月)

自由だ~!

ところで、どんな場所にも困った人間はいるものだが(←実は自分が一番の困り者だったりして…)、その中でも御しがたいのは「思い込みの激しい人」だと思う。

このテの人間には、昔から悩まされてきた。

どうもワタシは、「思い込まれやすいイメージ」と「実際の自分」にギャップがありすぎるタイプの人間らしい。

 
 
例えばワタシが独身だった頃の上司。

早起きして作ったお弁当をお昼に食べていると、「誰に作ってもらったのか」と聞く。

「自分で作りました」と答えると、「嘘を言うんじゃない」と怒る。

(いえ、嘘なんかついてません。)とは言えない、くちごたえできない小心者のワタシ。

あのころは、何でそんなこと言われるのかわからなかったなぁ。

つまり、この上司の思い込んだワタシのイメージからして、お弁当を手作りするなんてことはあり得なかったんだろうなぁ。

 
 
こんなことは、たくさんあったなぁ。ちょっと成長して、まっとうに言い返せるようになると、「ほらやっぱり。キミはそうやってすぐ人にくってかかる。気の強い、かわいげのない女だ。」なんて理不尽なことを言われたり。

真実でないことを「違う」というだけでこの調子だ。この世の中に「自己主張」なんて言葉があるなんて、信じられないよ、全く。

 
だから、何を言われても、黙って笑って受け流すに限る。

心の中では、(バカじゃねぇか、こいつ)とか(あーあ、またワンパターンの思い込み野郎かよ)とか、何を思っても自由だし。

○○ is freedom~♪ ってやつね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 6日 (日)

だからアンタは

さてさて、昨日の上司のような男性に対し、「それじゃ家事がありますから帰ります」としごとを放り出して帰ったら、いったいどうなるんだろう。

いっぺんやってみたいけど、ま、小心者のワタシにはできないよな。

決行したところで、翌日の仕事の濃さが殺人的になるだけで、結局自分が困る。上司は困らない。

このテの男ってのは、なんて浅はかなんだろうとつくづく思う。

自分が抱えている矛盾に、全く気が付いていない。

 
 
かくいうワタシの父親も、そういう人だった。

自分の職場の女性が残業をせずに定時で帰ることに文句を言うくせに、自分の娘が残業をすることにも文句を言っていた。「年頃の娘に遅くまで残業をさせるとはけしからん」とね。

だからね。ワタシがお父さんの言うとおりに残業をせずに定時で帰ったら、ワタシの職場の人は、家に帰って「うちの職場の女性は残業しないで定時で帰る」と文句を言うんだよ。

そんなこともわからないの?

……

 
いや、もしかしたらわかっていたのかもしれない。

わかっていても、娘かわいさに、ついつい本音が出たのかもしれない。

突き詰めれば、自分さえ、自分の家族さえよければいいのだ。

 
 
くだんの上司もそう。

家庭持ちの部下に残業をさせている自分。その自分の中に抱える矛盾。

その矛盾がついつい口から出てしまう。だから言ってることは端からみれば無茶苦茶。

でもその矛盾を吐き出すことで、取り敢えず自分は楽になれる。

自分勝手な理論ですな。

 
ただね。あなたはそれで楽になれたかもしれないけど、笑っていた部下の心の内はわからないでしょ。

本当は何も解決されていないってこと、わからないでしょ。

だからアンタは #$%&¥@*(←自己規制)なのさ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 5日 (土)

あしらっておこう

さて、残業をしていたり、休日にしごとをしていたりすると、たいていは男の上司から「ダンナの世話は?」とか「こどものご飯は?」とか聞かれるものだ。

(オマエがしごとさせてんだろ!?)と突っ込みたくなるが、笑って受け流すワタシは大人なのさ。

こんなとき、まともに受け答えをしちゃいけない。

「こどものご飯は主人にお願いしています」なんて(本当の)ことを言おうものなら、「ダンナにそんなことさせるなんて、オマエはなんてヤツなんだ!」みたいなお小言はあたりまえ。

「早く帰ってダンナとこどもの世話をしろ!」とか無茶苦茶なこと言ったり。

(いや、だからしごとさせてるのはアンタでしょ!)

「家のことがちゃんとできて、一人前の女なんだ!」とか講釈たれたり。

(アンタは家のことができる一人前の男なのかよ!?)

 
ひどいときには、完璧に心証を悪くして、勤務評価に影響したりとかね。

そりゃ、「家のことをきちんとできない女」なんて評価は書かれないけど、「性格がきつい」とか「気持ちにゆとりがない」とか「ちょっとしたことにムキになる」とか、書きようはいろいろ。

所詮、人の評価なんて主観的なもの。

だから、アホな質問は、適当にあしらっておくのが良いのさ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 3日 (木)

連休の目標

GW後半突入。

ワタシの目標としては、たっぷり寝て、そしておしごと。

てなわけで、今日はひたすら寝てました。

夕飯は、家族揃って外食。

おお、なんか久しぶりに家族って感じじゃん。

いいのか、こんなことで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月29日 (日)

ケータイのとりせつ

やっとの思いで、携帯の機種を変更した。

これから、分厚い取り扱い説明書を読まないと…。

なんか、いろいろな機能を使いこなすのがたいへんなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月28日 (土)

汽車と電車

昨日の「汽車」で思い出したのだが、昔、このあたりの人は国鉄のことを「汽車」、私鉄のことを「電車」と使い分けていた。

今でもある程度の年齢以上の人は、つい、そのクセが出てしまう。

ま、若い人になると、「国鉄」や「汽車」そのものが死語だから、あんまりそんな使い分けはしないようだけど。

個人的には、JRと私鉄が並行して通っているところでは、こういう使い分けは便利だと思うけど。ただ、「汽車」というのはやっぱりね。

そういえば、明日は「昭和の日」ですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月27日 (金)

しごとは続く

怒濤のような1週間が終わって、さぁゴールデンウィーク。

と言いたいところだが、ワタシはまだまだしごとなのさ。

なんでこんなに働かなきゃいけないんだよぉ。

動き始めた汽車からは、降りることができないのです。(汽車って…)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月26日 (木)

名刺の管理も

しごとで交換する大量の名刺。

みんなどうやって管理してるんだろう。

ワタシは今のところ、交換した日付順に名刺フォルダに入れている。

だけどこれだと、いつごろ交換した人か思い出せないときはつらい。

でも、あいうえお順だと、名前そのものを思い出せないときがもっとつらい。

どうしようと思い悩んでいるうちにも、交換した名刺がどんどんたまっていく。

ああ、本当にどうしよう…。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年4月25日 (水)

携帯が…

ついに携帯が寿命のようだ。

充電してもすぐだめになる。

もう、忙しいときに限ってこうなんだからぁ。

週末、機種変しようかな…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月24日 (火)

スケジュール管理って

スケジュール管理の上手な人って、いったいどんなワザをつかっているんだろう。

ワタシは職場のPCで管理しているのだが、それだと家で見ることができない。

いつも持ち歩いている小さな手帳に書き写すようにしているのだけど、忙しいとそれもおろそかになる。

あと、しごと関係とプライベート、特にこどもの学校関係の管理がどうもうまくいかなくて、よく交錯してしまう。

そんなわけで、結局は自分のアタマに頼ってしまう。これがまた、頼りないんだな。

忙しければ忙しいほどたいせつなスケジュール管理。

なんとかしなければ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月23日 (月)

やせる思い

環境が変わって、緊張感いっぱいの毎日。

「やせる思い」というが、まさしくそんな感じ。

こんなんで、身体がもつのか自分。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月22日 (日)

見たことがあるけど

このごろは、テレビを長時間見ることがなくなった。というか、見る気力がなくなった。

だから、テレビ放送で映画とか2時間ドラマがあっても、ほとんど見ない。

たまに、家人が見ているのを目で追っていると、話のスジがわかることがある。たぶん、どこかで見た映画だったり、2時間ドラマの再放送だったりするわけだ。

2時間ドラマの場合はそれでいいのだが、映画の場合はちと困る。どういうシチュエーションで見たのか、思い出せないことがほとんどだから。

「あ、これ見た」と口に出そうものなら、質問ぜめにあうのは目に見えている。いや、質問されてもやましいことは(たぶん)ないのだが、何も覚えていないことが露呈してしまう。

そんな自分が情けない。だから、黙っている。

 
 
だけど、何で覚えていないんだろう。

単にトシのせいなのか。

映画のストーリーの印象が強すぎて、見たときの状況がふっ飛んでしまったのか。

ま、よくわかんないけど、都合の悪いことは黙っているに限るわけです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月21日 (土)

今日のできごと

昨夜は11時過ぎに帰宅して、バイト帰りの娘を車で迎えに行き、夜食におうどんを食べて、それから洗濯をし、たまった新聞を読み、寝たのは1時半。

 
今朝は5時に起きて息子を起こし学校に行かせ、また寝て目が覚めたのが9時頃。

軽く朝食を済ませ、また寝て、次に起きたのが昼過ぎ。

帰宅していた息子に昼食をつくり、ざっと新聞に目を通し、そこらにあったスナック菓子を口に入れ、ちょっと横になったつもりが寝入ってしまい、次に目が覚めたのが夕方5時。

 
それからシャワーを浴びてダンナと出かけ、夕食と当座の買い物をすませ、今に至る。

 
…なにやってんだ?ワタシ。

でもまぁ、そんだけ疲れてたんだね。 

疲れているときは、なにもせずにだらだら寝るに限ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月16日 (月)

飲みすぎに御用心

飲み会の帰りに歓楽街を歩いていたら、スーツ姿の男性が路上に横たわっていた。

たぶん生きていると思われ、誰も声をかけない。

この時期、こういう場面に遭遇することは多い。

これが、場所も時間も違うとちょっとした事件に…。

そりゃ普通に道に人が横たわっていたら、誰だってびっくりするって。

 
慣れないお酒に飲まれるこの時期。夜更けは冷えるので、みなさん御用心を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月13日 (金)

心機一転

今日は久々の雨。

とは言ってもこのあたりは今の時期、黄砂が降るので、雨など降ろうものならもうたいへん。

車なんか、泥水を浴びたようになる。

サクラが散り、黄砂が降り、もう春真っ盛り。

かく言うワタシもしごとの内容が変わるので、心機一転がんばります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月12日 (木)

配慮することは

ある女性政治家のコラムを呼んでいたら、「主人」という言葉が何度も出てきた。

ワタシも外では、いい子ぶってダンナのことを「主人」と言ったりすることもある。

だけど、この政治家が公的な場面で使う「主人」には、何か違和感が。

この人は、選挙で議員に選ばれて、政策を担うために重要なポストにも就いている。

国民の負託にこたえることが期待されている人だ。

そんな人間が、特定の誰かのことを「主人」と呼ぶのは、おかしくないかい?

オフィシャルな場面でこの人が立てるべき人は、自分の夫ではなく、自分に国のありようを託してくれた国民ではないのかい?

とかく女性は、男性を立てるおくゆかしさを美徳とされるが、国民が政治家に望んでいるのは、そんな男とか女とか観念的なことじゃないはず。

とにかく自分たちの国をよくしてほしい。自分たちの生活や未来のあり方を幸せなものにしてほしい。

そういう切実な願いを1票1票に託しているはず。

自分の夫を立てるのもいいけれど、政治家になった以上、もっと配慮することがあるんじゃないでしょうかねぇ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月11日 (水)

ドリンクバーにて

とあるファミレスのドリンクバーでのできごと。

50代とおぼしき女性が立ちすくんでいた。

これくらいの女性がバイキングレストランやATM で逡巡することはよくあるので、さして気にも留めないでいたが、それにしても時間がかかりすぎる。

(何してるんだろう…?)とちょっと覗き込んでみると、コーヒーカップを恐々取り、エスプレッソのボタンを押している様子。

(エスプレッソ用のカップは隣にあるのに。ま、いっか…)

ところがこの女性、出てきた液体の量の少なさに明らかに動揺し、もう1回エスプレッソのボタンを押してしまった。

(ありゃりゃ。それはエスプレッソですって…)

自分の席に戻ったその女性。案の定、ドリンクバーに舞い戻り、今度はティーバッグ用のお湯をカップに継ぎ足している。

(だからそれは、エスプレッソだったんですって…)

 
 
いやまぁ、誰が何を飲もうが、その人の自由なんですけどね…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月10日 (火)

女の一生

忙しい日々を送っていたら、いつのまにかサクラが散っていた。

サクラって、吹雪のように散るまではいいのだが、散って路上で朽ちている姿は見るに忍びない。

本当は地面に落ちて、土に還っていきたいのだろう。

でも街中のコンクリートは、それを許さない冷たさがある。

 
 
あー、なんだか女の一生をみるがごとし。よよ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 5日 (木)

いったい何モノ?

とあるカフェで、「ものすごくきれいな人」を見かけた。

顔がちっちゃくて、美人で、スタイルが良くって、洋服のセンスも抜群。

もう「モデルオーラ」いっぱい。実際モデルじゃなくっても、ちょっと街を歩けば確実にスカウトされるはず。

 
 
ところが。

そんなに素敵な人なのに、連れの男が・・・。

いや~、そのあまりのギャップに驚きましたよ。

見ちゃいけないと思いつつ、つい二度見、三度見したワタシをお許しください。

 
 
だけど、いったい何モノだったんだろう、あのカップル。気になる~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 4日 (水)

気配りすべき?

例えば、足の速い人が「どうして足が速いの?」と聞かれたとする。

「足が速くなるように一生懸命練習した」と言う人もいれば、「うーん、よくわかんないけど走ってみたら速かった」と言う人もいるだろう。

 
これは、「字がきれい」だったり「歌がうまい」だったり、いろんなパターンがあるわけだが、「勉強ができる」とか「頭がいい」とかいった場合は、少しばかり状況が違ってくる。

「勉強ができるように一生懸命努力した」とか、「うーん、よくわかんないけど生まれつき頭が良かった」とか言う人はあまりいないと思う。

うまく言えないけど、自己抑制みたいなものかな。そういうことは言わないでおくほうが美徳ということなのかもしれない。

 
 
それから続けて、「あなたは頭がいいかもしれないけど…」と言われた場合、たいていは「あなたは生まれつき頭がいいかもしれないけど、私はそうじゃないから」というネガティブな感情が含まれていることが多い。

 
 
…私はそうじゃないから、もっとあなたは私に気を配るべき。

 
 

それってどうなの?

自分の努力不足を棚上げしてない?

 
確かに努力だけではどうにもならないことがある。

だけど、努力すべきところをやらずして、努力した人に気配りを求めるそのあつかましさはいかがなものか。

 
いや別に、だからどうってことはないんだけど、こういうことって結構あるんじゃないかな~なんて思ったりして。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 3日 (火)

人見知りだけど

誰に言っても信じてもらえないが、実はかなり人見知りなワタシ。

初対面の人とありきたりの会話はするが、それ以上は無理。向こうから話しかけてくれるのを待つしかない。

それなりに親しくなったとしても、自分からお誘いするなんて、とても無理。

オフィスでは、ランチを誘いあう姿がよく見られるが、まず自分から誘ったことはない。ま、お昼ご飯くらいはひとりでゆっくり食べたいという思いもあるのだが。

たぶん、「誘って断られたらイヤだ」という気持ちが強いのだと思う。ランチごときで、そういうかけひきみたいなこと、はなから面倒だし。

ご飯にしてもお酒にしても、本当に気心の知れた人と、かけひきなしに楽しみたい。「今日、飲みたいね」「あー、いいね」でコトが運ぶ。

人見知りなんて性格は、直そうと思って直るものじゃないと思う。本人がそれで良しとしているんだから。

他人からずかずかと自分の領域に入り込まれる苦痛より、ひとりでいる孤独のほうが受忍できるような気がする。

これって強がりかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月30日 (金)

こんな春は

かつての上司の送別会に出席した。

何て言うか、しごとをするうえでの「相性」みたいなものよく、ワタシの上司リストの中でもトップクラスのかた。

もっと一緒に働きたい。もっといろんなことを学びたい。ずっとそう思っていたけれども、残念ながら定年退職される。

 
さびしくて、悲しくて、泣きたくなる。

こんな春は、いやだよー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月29日 (木)

がんばれ自分

ふと思ったんだけど。

ブログって、いったいどれくらいの人がやってるんだろう。

みんな、どういう理由ではじめて、どんなことを思いながら書いてるんだろう。

 
 
ワタシの場合は、近しい人が「ブログはじめました」って連絡くれて、それでなんとなく興味を持ってはじめたってところかな。

昔から、何か書くことは好きだったし。ストレスがたまると、みんなそれぞれスポーツしたり芸術にふれたりするんだろうけど、ワタシの場合は、アタマの中のことを文章にして発散したいという気持ちが強いような気がする。

作家さんのどなたかが、ずっと「何か表現したい」と思っていて、それを文章というかたちで書き始めると、言葉が湯水のようにあふれてきた、というようなことを語ってらした。

ワタシはそこまでの能力は持ち合わせていないけれど、書くことが一種のカタルシスになっていることは確かだ。

 
 
こんなことを急に書き出したのは、ここ数日、とても凹むことがあって、アタマのなかに渦巻いているいろいろなことを吐き出したくなったから。

凹むことがあったときには、気持ちだけでも上向きにしないと、負のスパイラルに巻き込まれて精神的・肉体的にまいってしまう。

これも誰かが言っていたことだが、口角を上げると気持ちも上向きになるそうだ。

それと、このごろ放送されているCMのコピーで「IMPOSSIBLE IS NOTHING」というのがあって、個人的には座右の銘にしたいくらい気に入っていて、凹んだときにはこの言葉を唱えるようにしている。

そうやって、気持ちを上げつつ、思いを書き綴ったり、他のかたのブログを読ませていただいたりして、アタマの中に渦巻いているいろんなことを整理していこうと思う。

 
 
なんかとりとめないけど……

がんばれ自分!

と言ってみる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月28日 (水)

人の評価って

今さらながらか。

今だからか。

とにかくこのごろ、「やっぱり、男社会で生きていくのはむずかしい」と実感している。

 
この男社会で、男性から高く評価される女性には、ある特定の共通点がある。

彼女たちは温厚な性格で口数が少なく、いつも優しく微笑んでいる。

もちろん、そういう女性でも有能な人はたくさんいる。だから、彼女たちの大多数は、同性からも高く評価されるに違いない。

 
問題なのは、温厚な性格でなく、口数が少ないわけでもなく、いつもいつも優しく微笑んでいるわけではない女性たちに対する男性の評価。

これはまぁ、それぞれの男性の考え方でわかれるところだろうが、ワタシの経験から言えば、総じて低い。

 
これが、男性だったらどうだろう。温厚な性格で口数が少なく、いつも優しく微笑んでいる男性が、常に高い評価を得ているだろうか。なんとなく頼りがいがない、なんて思われてたりするかもしれない。

 
例えば、同一人物に対する評価でも、評価者の性別により真逆だったりすることがある。

ものすごくおおざっぱに言えば、

①男女ともに好かれる人

②男からは好かれるが女からは嫌われる人

③女からは好かれるが男からは嫌われる人

④男女ともに嫌われる人

がいるってこと。

 

で、なんのかんの言ってもまだまだ男性が主導権を握っている現状では、④はともかく③の部類の女性にとっては、なんとも生きにくい世の中となるわけ。

実際、組織の中で権力を持っている人が、自分の気に入らない人を排除するのはよくある話。

①や②の部類の人たちが、しごとの面でも有能であるならば問題はないのかもしれない。

でも、そうでない場合は、「はだかの王様」状態になってしまう。

ま、それは人を見る目がなかったということで、自業自得ということかな。

  
 
結局、人の評価は主観に左右されるってこと。

素の自分を隠していい人を演じるか。ありのままの自分を出して他人の評価を受け入れるか。

それは自分で決めなくちゃいけないことなんだろうなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月26日 (月)

天然って

「わたしって、天然なんですぅ」と言う女子及び男子。

それで何でも許されると思ってない?

本当のところ、迷惑だったりするんだよねぇ。

「労働力をお金に換える」という認識があるんだったら、「天然」じゃ通用しないんだよ。

わかってる?

わかんないだろうなぁ…。

それとも、わかってて、わざとなの?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月22日 (木)

出てたかも

ウィルス定義ファイルの更新で、警告されてしまった。

さっそく延長用のコードを購入して、なんとか手続き完了。

ふー。

このところバタバタして、ゆっくりPCの画面を見てなかったかも。

反省反省。

息子に、「何か、警告出てなかった?」と聞くと、「あー、出てたかも…」だって。

こういうセキュリティ関係のことも、きちんと教えていかないといけないなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月16日 (金)

個室でケータイ

トイレで順番を待っていたときのこと。

個室の中から、話し声がする。

どうも、携帯電話で話しているらしい。

「個室での携帯電話はご遠慮ください」とは書いてないけどね。

そりゃ、あんた、たしなみっちゅうもんがあるでしょ。

あっちこっちで水を流す音がする中で、長々と電話する女子の気がしれん。

それも、列をつくって人が待ってるってのに。

どんな恥知らずか、顔を見てやろうと思ったけど、順番が来てワタシも個室に入ったからそれも果たせず。

うーん、なんかおかしい。納得いかないよー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月12日 (月)

気持ちの問題

さて、靴を探してデパートをはしごした娘とワタシ。

次のデパートでは、プレーンなパンプスのコーナーなどはなく、靴売り場はブランドで分かれていた。

「また、履いたり脱いだりの繰り返しかなぁ…」と暗澹たる気分。でも、ダメモトで店員さんに一応聞く。

「こういう感じのパンプスを探しているんですけど…」

すると、スタイリッシュなその店員さんは、にっこり笑って、「いい場所がありますよ~」とワタシたちを案内してくれた。

そこは、同じデザインで、ヒールの高さや幅を少しずつ変えたパンプスのコーナー。

「これよ、これ。ここで片っ端から履いてみよう。」と娘は乗り気。

 
ところが、ここでもなかなかぴったりくる靴がみつからない。

困り果てたワタシたちを前に、店員さんが「少々お待ちください」と言い、別のコーナーから何足が靴を持ってきてくれた。

「これは、パンプスがはじめてのかたにおすすめしています。」

履いてみると、これがぴったり。

ワタシたちは即決した。

 
 
靴を探して、そこそこ大きなデパートを渡り歩いたワタシたち。

店員さんの接遇しだいで、気持ちも財布の紐のゆるさも変わってくる。

次からは、行くデパート、行く売り場、話しかける店員さんをよーく吟味しようと思った次第である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月11日 (日)

靴を探して

娘のパンプスを選びに行ったときのこと。

某デパートの靴売り場は、とても混んでいた。卒業、入学を迎える人や新しく社会に出る人々が、その親、友人たちと一緒にいろいろと買い揃えるため、繰り出しているのだろう。

プレーンなパンプスのコーナーがあったので、周りを見回してやっとの思いで探した店員さんにサイズを出してもらった。

 
 
娘はパンプスをはじめて買う。

「どう?」と尋ねても、「うーん…」と要領を得ない。

いくつか履き比べたほうがいいと思い、別のいくつかの靴を出してもらうようお願いしたのだが、サイズが切れていたり足に合わなかったり。

 
 
「こういう形で、履きやすい靴、他にないですか?」と店員さんに聞いたところ…

「そちらの棚のところで探してください」と突き放した口調で言われてしまった。

 
 

混んでいる売り場で、煮え切らない親子に店員さんはイラついていたのかもしれない。

だけど、スリッパも用意されていないその靴売り場で、自分の靴と売り物の靴をその都度履いたり脱いだりするのは、結構たいへんなことなのだ。

平場の靴売り場で、棚ごとに店員さんの持ち場が限定されているとも思えない。

こちらとしては、求めるイメージを伝えている。それに合致した靴をいくつか提示してくれるくらいのサービスがあってもいいんじゃないか。

 
テンションの下がった娘とワタシは、そのデパートでの買い物をやめて、他のデパートに行くことにした。

「なんか、あの店員さん、やだ。あの人から買おうと思わない。なんか、信頼できない。」と娘。

「まぁ、しょうがないよ。混んでたし。忙しいとき用のパートさんかもしれないし。」と答えたものの、「行く場所と行くタイミングを間違ったな」と後悔したワタシだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 7日 (水)

たびだつきみたちへ

唐突だが、3月。

たびだちと別れの季節…。

 
 
トシをとると、涙腺がゆるくなる。

もう、それ系の曲を聴くだけで、鼻の奥がつーんとする。

 
まるで百人一首の読み札のように、「仰げば尊し」の「あ」を聴いただけで、うるうるしてしまう。 
 
 

娘の卒業式は、いい式だった。

生徒たちが短いスピーチをしたのだけど、笑いをとる子、涙を誘う子、何も言えない子…。

もう、こどもたちも親たちも、泣き笑いの連続。

生意気盛りの男の子が、「今まで育ててくれてありがとう」なんて言った日にゃ、涙しない親はいませんって。

先生へのサプライズプレゼントは、花束とアカペラのお別れソング。教師冥利に尽きるだろうなぁ。

 
 
高校卒業って、本当に進路がばらばらに分かれてしまう。もしかしたら、もう一生会えないかもしれない。

それでも、学び舎で過ごした年月は、永遠に思い出として残る。

 
 
みんな、それぞれの人生を精一杯生きていくんだよ。

そして、どうしようもなく疲れたり、傷ついたり、つらくなったときは、ここに戻ってくるんだよ。

みんな、変わらない笑顔で迎え入れてくれるはずだからね。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 6日 (火)

文句は言わない

天気予報では「寒くなる」ということだったので、構えて厚着をして出勤したのに暖かい。

おまけに傘持参なのに、晴れ。

某気象予報士さんが、「晴れだの雨だの、寒いの暑いの、文句言うな!」みたいな逆ギレしてたけど、確かにそうだよね。

すべての人の思い通りのお天気なんて、あるわけないんだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月28日 (水)

雪のない冬

今日で2月も終わり。

てことは、冬も終わりってことか。

都心では、雪のない冬だったとか。

これって、温暖化の影響なの?

大丈夫か地球…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月27日 (火)

それなりにいい味

ワタシがよく乗るバスは車高が高いから、並走する普通車を上から見下ろすような感じになる。

他人の車の中はプライバシーの塊だから覗き込むことはしない(つもり)だが、見る気はなくても見えてしまうことはある。

そんなこんなで、今朝見てしまったのは、季節はずれの忘れ物。

 
 
しめ縄…。

 
 
それもみかん付き。

 
 
後部座席の後ろの棚?みたいなところに放置され、お日様を浴びまくって藁はカサカサになっている。

みかんのほうは、まだみかんと認識できるから、カビはそんなに生えていない様子。

だけど、みずみずしい”生きた”みかんの時期から2ヶ月はたっているはず。

いったいどうしてそんなことに…?

 
 
たぶん、お正月に車につけていたけれど、ある日、出かけに「もういいか」と思って取り外して、とりあえず後ろに置いとけって感じで、そのままになっているんだろうなぁ。

だけど、いまの時期、「しめ縄」なんてキーワードは登場しないから、もう思い出してもらえないかもしれない。

せめて、あのみかんが「この世のものとは思えない物体」に変化して、車内に異臭を放つようになれば、気付いてもらえるんだろうけど。

 
なんかさぁ、あのみかん。

好ましく年齢を重ねたおばあさんのように、それなりにいい味だしてたんだよねぇ。

もしかしたら、ずっとあの場所に、居続けるのかもしれないなぁ。

 
朝っぱらから、いいもの見させていただきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月24日 (土)

優しさって

さて、「優しいおばあさん」を目指したいワタシであるが、じゃぁ「優しい」って具体的にどう?となると、はっきり言ってよくわからない。

特に、組織において「優しい」人が優秀な人かというと、必ずしもそうではない。

 
 
少し前、直属の上司が女性だったことがある。

人格的にも申し分なく、皆から尊敬され慕われていた。

組織的な評価も高く、同年齢の女性としては最高の地位まで上り詰めた人だった。

 
ただ…

唯一の欠点が「優しさ」だった。

別の上司から彼女の欠点を指摘されたとき、ワタシは「あー、そうかもしれないな」と漠然と思ったものだ。

彼女の統括した部署は、いつも何の問題もないように見えた。だがそれは、優秀なスタッフばかりがいたということではない。

優秀でないスタッフを、彼女が陰でいつもフォローしていたのだ。

それがいいことなのか悪いことなのか、よくわからない。

ただ、その優秀でないスタッフは、彼女が上司である間、自分が優秀でないことを認識することなく過ごしていたに違いない。

そして、上司が別の人に代わったとたん、自分の実力を知ってしまう。もしくは、新しい上司のせいで、自分がダメになったと思い違いをしてしまうのではないか。

 
 
「優しさ」って何だろう…。

彼女のことを思い出すたびに、考えてしまうのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月23日 (金)

優しいおばあさん

「優しい」と「甘い」は違うんだよ。

 
 
これは、18歳の小娘(ワタシの娘)に言われたひとこと。

結構グサリときた。

こんなわかりきったことを改めて言われるワタシもワタシなのだが。

 
 
世間の皆様もご賢察のとおり、ワタシは「甘い」親ではあるが、「優しい」人間ではない。

そもそも人に対してどう接してよいか、いまだにわからないでいる。

それは周囲にお手本となる人間が少ないからかもしれない。というか、ワタシがお手本を寄せ付けていない。もしくはお手本に気付いていないのかもしれない。

端的に言えば、人と良好な関係を結ぶことが不得手な人間なのだ。

だから、こんなワタシの相手をしてくれる人は、かなり人間のできた人ということになる。

 
ワタシのこういう人間性は、父親から引き継がれたものであることははっきりしている。父親から言われたこと、されたこと、教え込まれたことはワタシ自身のいたるところに染み付いている。

不幸なことに、ワタシはそんな父親の生き方に否定的だったから、結果、自分自身を否定するという自己矛盾をかかえているわけだ。

 
こんなワタシでも、普通に学校へ行き、就職し、結婚して家族を持ち、そこそこ普通に生きている。

表面を取り繕えば、なんとか生きていける。

 
だけどたまに、どうしていいかわからなくなる。

例えば進路に迷うこどもに、親として何をするべきか。欲しい物をねだるこどもに、親としてどう接するべきか。

そんなとき、アタマの中でいろんな理屈や感情が渦巻いて、どうしていいかわからなくなって、現実逃避してしまいたくなる。

そうして極端に甘くなったり冷酷になったり、もう支離滅裂な選択をしてしまう。

 
これは、ワタシが否定していた父親の態度そのもの。逃れたいと思っていた呪縛から、結局は逃れられなかったということかな。

父は老人といわれる年齢を待たずして鬼籍に入ってしまったが、ワタシはどんな老人になるのだろう。

 
冒頭のことばのあと、娘は

「ママは優しいおばあさんになってね。」

と続けた。

 
…なれるかなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月22日 (木)

冬は終わり?

このところ暖かい日が続いている。

15℃を超えたら、さすがにウールのコートは着られない。ここ数日はコットン素材のトレンチコートで通勤している。

来週は3月。

このままこの陽気が続くのだろうか。

寒いのはイヤだけど、こんなに暖冬だと「えっ、いいの?」といろいろ心配になる。

暖冬で何が困るのかよくわからないけど、やっぱり冬はそれなりに寒いほうがいいはず。

 
もう冬は終わったんですかぁ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月20日 (火)

マスク率高し

花粉対策でマスクしてるけど、息苦しい。

そんでもって、鼻炎の薬は眠い。

普段から寝つきはいいほうだけど、昨夜なんか「あー、寝るー」と思ったとたんに意識なかったし。

 
 
このごろ、花粉の量が多いのか、花粉症の人が多いのか、マスク率が高い。

それに、インフルエンザも流行っているらしい。

友人のところは4人の子持ちだが、親も含めて順繰りで罹患してるそうだ。常に誰かが寝込んでいて、親は息つく暇もないだろう。

保育所も学校も休ませないといけないし、そうなったら親もしごとをやりくりしないといけない。

女の人が「がんばって」産んだとしても、こどもたちをひとり立ちさせるまで育てていくのは並大抵のことじゃない。

 
何もかも政治のせいにはしたくないけど。

こういった生活の大変さを実感できる人に、国の舵取りをやってもらいたいと思うんだよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月19日 (月)

花粉の季節到来

今日は花粉の飛散が多い気がする。

昨年は、「2月17日の数日前」ぐらいに花粉の気配を感じたから、今年は少し遅いのかな。

早速、ドラッグストアで花粉対策グッズを購入。

 
 
つらい季節がやってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月17日 (土)

気になります

おめでたい話じゃないので、突っ込みたくはないんだけど。

「訃報のお知らせ」ってたまに目にするけど、変だよね。

「訃報」で、すでに「知らせる」という意味を持つんだから。

オバサンが重箱の隅をつついているみたいに言われるのはイヤなんだけど、こういう日本語は気になります。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年2月16日 (金)

オバサンの所業

「おばさんかおねえさんか」といえば、自分は確実におばさんなので大きなことは言えないが。

それにしても世間のオバサンの所業は目に余る。

そのひとつがスーパーマーケットでの悪行。

何がイヤかって、他人の買い物かごをジロジロ見る行為。

 
レジで並んでいて、後ろの人からこれをやられると、怒り心頭に発してしまう。

 
 
ワタシが何を買ってるか、アンタには何の関係もないでしょ。

アンタに何の権利があって、人の買い物を詮索するのさ。

見ないでよ!

 
 
…という顔をして、その後ろのオバサンを睨みつけてみるのだが、一向におかまいなし。

というより、オバサンは買い物かごの中身に興味があるわけで、それ以外のことには目もくれない。

だから、ワタシの視線にも、当然気がつかない。

 
 
だからと言って、オバサンの買い物かごを覗き返すというのも下品でおとなげない。

せいぜい、連れの家族の顔をうかがうくらいか。

良識のある人間だったら、他人から睨まれると、まずわが身を振り返る。

「何かいけないことしたか、オレ」と考える。

だけどまぁ、不躾なオバサンの連れだもの。似たり寄ったりだったりする。

 
 
「他人の買い物かごを覗き込むなんて、失礼なことですよ。不愉快なのでやめてください。」

 
こう言えたら、どんなに気がやすまるかなぁ。

近所のスーパーじゃなく、絶対に二度と行かないスーパーで、言ってみようかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月13日 (火)

最低の教師

昨日の担任教師に対する恨み辛みは、枚挙にいとまがない。

ワタシが嫌っていたのと同様に、向こうもワタシのことを嫌っていたのではないかと勘ぐりたくなる。

実際、嫌われていたのかもしれない。

 
彼は英語教師だったが、ワタシは他の教科に比べて、英語の成績が悪かった。

そんなワタシが、何を間違ったかクラス委員に推挙され、当選してしまったのだ。

担任は不服だったのだろう。でも、選挙の結果を覆すことはできない。

それで、悔し紛れとしか思えないのだが、「ほめ殺し」をはじめた。

 
「いや~、すばらしい。

実にすばらしい。

選挙で選ばれるということは、

立派なことだ。

 
 

いかに英語の点が35点でも!
 」

 
 
 
…えっ!?

 
 
 
ワタシはもちろんのこと、心ある級友達は息をのんだ。

選挙でたくさん票をもらい、めずらしく担任にほめられて有頂天だったワタシは、その一言で笑顔が凍りついた。

 
 
この担任は、成績の良くないワタシがクラス委員をすることが不満なんだ。

英語の点も取れないような劣等生がクラス委員になるなんて許せないんだ。

 
 
それに、確かに英語の成績は悪いけど、35点なんて点数、とったことない!

点数を間違えるくらい、アタマに血がのぼってるってことだ。

いや、どうせワタシなんかの得点なんて、覚えてないんだろうけど。

 
 
それからというもの、なんとなくワタシには「劣等生」というレッテルが貼られ、プライドはずたずたにされた。

 
 
 
今なら人権侵害で訴えてもいいくらい、むちゃくちゃで最低の教師。

あー、今ごろどうしてるかな。

きっと、かつての教え子からいまだに恨まれてるなんて、思いもよらないだろうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月12日 (月)

許せないできごと

今でも思い出すと悔しくてたまらないが、高校生の頃、冤罪を着せられたことがある。

ワタシと背格好がよく似た生徒が違うクラスにいて、その子が授業中におしゃべりをしていたらしい。

それがあまりにうるさかったので、教師が名指しで注意したのだが、何を間違ったかワタシの名前を叫んだというのだ。

(これは、後になってそのクラスの友達が、直接ワタシに教えてくれたのだから間違いない。)

運が悪いことに、その授業は移動教室(ホームルームではない特別教室)で行われており、ワタシとそのそっくりさんは、同じ席を指定されていた。

だから、少し年輩の教師には、見分けがつかなかったのだろう。

 
 
しかし、間違いは間違いのまま、ワタシの担任に伝えられ、担任は直後のホームルームで、授業中の私語について叱責を始めた。

当然、ワタシたちのクラスは、その移動教室での出来事を知らない。担任が、誰のことを言っているのか、見当もつかない。

でも、担任は明らかにワタシのことを睨んでいる。

…えっ?…何?…何なの?

担任がワタシを睨んでいたことは、クラスの何人かが気づいたようで、「アンタ、何かしたの?」「先生が言ってたの、キミのこと?」とホームルームのあとに聞いてくる級友もいた。

ワタシとしても、直接怒られたのなら弁解もできるが、睨まれただけでは何の打つ手もない。

あとになって、移動教室での先生の人違いを耳にしたわけだが、担任にわざわざ申し出る勇気もなく、結局、泣き寝入り。

 
生徒との間に信頼関係があれば、この担任は、まずワタシに事実関係を確かめるべきではないか。

「あの先生はキミが私語をしたと言ってるけど、キミに限ってそんなことはないと思う。」って、言ってくれてもいいんじゃないか。

そんな事実確認なしに、アタマから疑われたことが悲しかったし、むなしかったし、くやしかった。

仮に無実を晴らすことができたとしても、この担任が、ワタシのことを信じていなかったということ、その事実を払拭することはできない。

 
 
憎しみは、墓場まで持っていけないかもしれない。

「罪を憎んで人を憎まず」とも言う。

だけど、この担任教師のことは、いまだに許せないでいる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月11日 (日)

不愉快な冗談

昨今、「いじめ」が社会問題となっているが、じゃぁ「いじめ」って何?となると、その線引きは難しい。

例えば、軽くからかったつもりでも、からかわれた方はひどく傷つき、「いじめ」られたと思う。

また、同じ行為でも、誰からされたかによって「いじめ」と感じるかどうかが違うし、そのときの気分によって、「いじめ」と感じるときとそうでないときがあったりする。

 
周囲を見回しても、「自分はいじめやセクハラをしない」と思いこんでいる人は案外多い。自分は何をしても許されるという甚だしい誤解に基づいているわけだ。

コミュニケーションのつもりだろうか、冗談めかして相手の嫌がることを平気で言う。

相手が不快な顔をしたり、「やめてください」と言おうものなら、「冗談だよ」とかわす。「そんな冗談もわかんないのか?お前もまだまだだな~」とか。

こういうことが積もり積もると、人間は時に殺意さえ覚えるものだ。

不愉快な冗談には、強烈な冗談で返すという手もある。

それくらいしないと、相手はわからない。

ただ、そういうことをすると、相手と同レベルの卑劣な人間に成り下がってしまうから、常識のある人間はぐっと我慢する。

そして、心の中で、「かわいそうな、救いようのない人間なのだ」と憐れむ。

 
ただし、これは相手に悪意の自覚のないときの話。

明確に悪意のある「いじめ」には、こんな生やさしい対処法では解決は無理だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月10日 (土)

戦略を練る

さて、納得できないことの多い世の中であるが、そんな世の中で生き抜いていくためには、ちょっとばかり知恵がいる。

生きていくことを戦いに例えれば、戦略が必要ってことだ。

「きーっ、くやしーっ」とかりかりしているばかりでは、問題は解決しない。ずる賢いやつらに、いいようにコケにされるだけだ。

 
真っ正直な人に限って正攻法でがんがん攻めて、はじき飛ばされてしまう。正攻法で攻めること自体が目的なら、それもしかたがない。

だけど、戦いに勝つことが目的なら、冷静に戦略を練ることが重要だ。

 
こういう戦いは、いかに冷静に状況分析ができるかが、勝敗を決めると言っても過言ではない。

逆に言えば、相手をいかに興奮させるかだ。

何を言われても冷静に受け、論理的に思考し、相手の弱点・矛盾点を見極める。そしてその弱点・矛盾点を攻撃する絶好のタイミングを待つ。

 
多くの場合において、「沈黙は金」だ。

とくに女性の場合、普通に話していても、「感情的」というレッテルを貼られる。

有能と言われる女性達の多くは、意外なほど無口で、話すときもゆっくりと低い声で話す。

男性と同じことを同じようにしゃべっていても、女性というだけで感情的という先入観で見られるから、男性の半分程度の量を、小さく低い声でゆっくりと話すのが良い。

そして断定的表現は避ける。女性の断定的表現ほど、男性のプライドを逆なでするものはないらしい。

男性の断定は自信を表すが、女性の断定は生意気な印象を植え付ける。

 
そうやって、身振り手振り話し方に気を付けて、まずは話を聞いてもらう。この「聞いてもらう」ってところが重要だ。

そうしないと、話の内容以前のところで跳ね返されてしまう。戦いに挑む前に玉砕してしまうようなものだ。

まずは会話を成立させ、徐々に突破口を開いていく。

こちらの手の内は見せず、攻撃は小出しにして、「ここぞ」というタイミングで、一気に仕掛ける。

相手が狼狽し、興奮したらもうこっちのもの。

「まぁ、そんなに感情的にならずに、冷静に話をしましょうよ。」って言えたら勝利は手に入れたようなものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 9日 (金)

納得いかないこと

世の中には、

アリ型人間とキリギリス型人間 がいると思う。

これは、本人の性格とか生き方とか考え方であるから、それぞれが自分の良いように生活していく限りにおいては、別にどうでもいいことだ。

だけど、普通はアリとキリギリスが混在して、互いに干渉しあっている。

そして、アリとキリギリスの立場は、フィフティ・フィフティじゃない。

 
キリギリスのほうが、良い思いをしている!

キリギリスは、アリを見下している!!

キリギリスは、アリをあざけ嗤っている!!!

 

幸運なアリは、その努力の結果、多くのものを手にすることができる。

不運なアリは、努力をしてもしても、何も手にできない。

それに比べて、能天気なキリギリスは、当然のごとく何の努力もしないから、自分ではなんら手にすることができない。

結果だけをみれば、不運なアリと能天気なキリギリスは、手の中に何もないことにおいて、同じなのだ。

そして、能天気なキリギリスは、「そんな努力は、無駄なんだよ。バカだな~。」と勝ち誇る。

馬鹿にして、見下して、勝ち誇った挙句、幸運なアリの努力の賜物からの施しを「当然のように」要求する。

 
 
こんな理不尽なこと、世の中にはたくさんある

絶対、ぜーったい、納得できません!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 5日 (月)

ちいさな福

マンションの駐車場で、みかけない小鳥が何かをついばんでいる。

よく見ると、つぶれされて粉々になった大豆…。

あー、節分でまいた豆なんだね~。

小鳥にとっては、ちいさな福だったのかも。

なんとなく、こころがほっかり。

暦の上では、もう春だしね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 4日 (日)

思い出のチョコレート

昔むかし。

まだお年玉を100円札でもらっていた時代のこと。 (古っ!)

夜勤へ出かける母を送って団地の出口まで行き、出口そばの商店でおやつを買ってもらうことがあった。

そのころの日常のおやつといえば、お米でつくった「ぽんぽんがし」や砂糖を入れてうんと甘くした「卵焼き」が多かった。

だけど、幼いこどもに夜、留守番をさせるのが不憫だったのだろう。母が夜勤のときのおやつは、ちょっと奮発して、「パラソルチョコレート」か「ペンシルチョコレート」だった。

母と団地の出口で別れて、家へ帰る道すがら、そのチョコレートを「かじる」のではなく「なめ」ながら、寂しさを紛らわせていた。

ちょっとずつでもなめている間は、その甘さが寂しさをうち消してくれるような気がした。

 
 
単にお腹をふくらませるだけじゃなくて、大きくて不思議な力を持つお菓子。

留守番の寂しさを癒してくれた甘い味。

そんな思い出の味に、裏切ってもらいたくはないんです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 1日 (木)

ダウンコート投入

この冬何度目かの「この冬一番の寒波」到来。

さすがに今朝は、今期初のダウンコートで出勤した。

結構、ダウン着用率、高かったなぁ。

「このまま暖冬が続けば、この冬はダウンを引っ張り出すことはないな」と思っていたのに、やっぱりそういうわけにはいかないのね。

 
 
ここ数年履いているブーツが、そろそろ限界。

あと1ヶ月もってくれれば、この冬は乗り切れるんだけどな。

「冬物在庫一掃バーゲン」で買おうかとも思うけど、ブーツといえども微妙に流行があるからね。

とりあえず、くたびれたブーツで今年はしのいで、来期に物色しようっと。

 
 
あぁ、節約、節約。鬼は外。。。。それは節分や。ちゃんちゃん♪ 

つまんねー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月30日 (火)

つい、ね。

「産む機械」か…。

 
人間、誰にでも 間違い はある。

つい口をすべらした、とかね。

思ってもないことを言ってしまった、とかね。

 
 
だけど。

本当は、心の底で、そう思ってんじゃないの?

なんて、つい思ってしまうわけです。

 

少子化は、こどもが生まれないから。

こどもが生まれないのは、女の人が産まないから。

女の人が産まないのは、結婚しないから。

女の人が結婚しないのは、働いて生活力があるから。

女の人が働いて生活力があるのは、学歴があるから。

女の人が学歴があるのは、男女平等だから。

だから、だから、けしからん!

 

なーんて、心の底では思ってるんじゃないの?

だったらさ、四の五の言わせず、「男は外で働いて金を稼ぎ、女は家でこどもを産んで育てて、介護も担う。」って、最初っから決めてしまえば?

「標準的世帯」とか「理想の家族像」とか、きれいごとを言わないで、思い描くとおりの家族の姿を強制したら?

 

できないでしょ?

できないのわかってて、でも心の底では「それがベスト、それしかない」みたいなジレンマに陥ってんじゃないの?

 
まぁ、よく考えたら、結構かわいそうな思考回路だとは思うけどね。

心中お察しします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月29日 (月)

いばらの妻

ある訃報に、「御母堂」とあった。

「御母堂」は母親の尊敬語とされている。

父親の尊敬語は「御尊父」、夫は「御主人」「御夫君」、妻は「御令室」…。

ここでふと。

何で「御尊母」と言わないのだ?

 
これが謙譲語となると、

妻は「愚妻」となる。

夫のことを「愚夫」とは、決して言わない (と思う。聞いたことないし。)

 
何で?何で何で??

 
妻の謙譲語には、「荊妻(けいさい)」というのもある。

「荊」とは「いばら」のことらしく、「いばら」のかんざしをさした奥さんがいたっていう故事からできた言葉らしい。

「いばら」ってのは、「イエス様が十字架にかけられたときにかぶせられた」というところから、受難を例えるときに「荊冠」と言うそうだし。

まぁいずれにしても、刑罰の「刑」に草冠。あんまりおめでたい言葉じゃない。

 
「愚妻」にしろ「荊妻」にしろ、いかにへりくだっているとはいえ、よく考えると愉快な言い方じゃないなぁ。

 
「それが日本の文化です」とおっしゃるあなた。

「うちの愚夫が…」「うちの愚妻が…」と言われても、平気ですか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年1月26日 (金)

続・自分と違う他人

自分と違う他人・その1その2その3その4

 
 
 
ある政治家のHPを見ていたら、

「経験のない分野の政策を担当するのはおかしい」という指摘に対する反論が出ていた。

この人の主張は、

「政治家が全政策分野の実体験をすることは不可能」としたうえで、

「大切なことは、当事者を含めて幅広く多くの方々のご意見を伺い…最善の政策判断をする努力をすること」としている。

 

ま、言っていることはごもっともなんだけど、この人の言動を見聞きしていると、

「本当に、人の意見を聞いてるの?」と思ってしまう。

 

例えば、この人は、夫婦別姓反対派の急先鋒と目されているが、ご本人は結婚後も、(戸籍上の姓ではなく)旧姓を使用している。

あるとき、テレビ番組に出演して、「(改姓の)手続きなんて、たいしたことなかったですよ~」と能天気にしゃべってらした。

そうか?

かなりわずらわしいぞ…。

それにこの人、かなりあれれ?…だったりするし。

で、旧姓を通称として使用し続けて公職にも就き、今もって、「通称でも問題なし」みたいな論調のよう。

 
 

でもね。

この人を見ていて、「なんだかな~」と思うわけですよ。

この人は、確かに「自分では」問題ないかもしれない。

 
だけど、部下はどうなの?

公職の場合、本名と通称の2種類を使い分ける「しごと」をしなくちゃいけないでしょ。

それって、「余計なしごと」じゃないの?

そして、その「余計なしごと」のために、人件費として税金が使われてるわけよね。

それでも「問題なし」と言えるのかな。

 
それから、この人はたまたま通称を使える立場(本当にそうかどうかはわからないけど)にいるわけだけど、世の中には、そういう立場にない人だってたくさんいる。

通称を使いたくても使えない人。

世間が認めてくれない人。

会社や家族が認めてくれない人。

通称を使っても、すごく不便を感じている人。

そういう人が、まだまだ世の中にはたくさんいると思う。

そういう人たちの意見を幅広く聞いて、最善の政策判断をする努力をすることが大切なんじゃないですかね。

 
 
政治家として、ある程度の主義主張を持つのは当然だろうけど、人を相手にするしごとの基本は、やっぱり「想像力と思いやり」だと思う。

 
たとえ経験がなくても、自分と違う他人の立場を想像し、その人のことを思いやる。

 
 
そういう姿勢が、この政治家に足らないように思えて、しかたがない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月25日 (木)

同時進行

なんだかんだあって、ダイエットと節約を同時に進めている。

ま、ショッピングと節約を同時に敢行するよりは、実効性があると思っているわけだが。

 
 
このごろ、ダイエットは何かと話題になっているが、

理論的には、

摂取カロリー<消費カロリー

で痩せるはず。

 
 
お金だって、

収入>支出

で貯まるはず。

 
 
だから、まず、摂取カロリーに気をつけて、お弁当を持参している。

これで、昼食代が節約できるし、カロリーの取りすぎも防げると思う。

 
そして、食事の量も、

朝>昼>夕

になるように努力している。 
 
 
 
これで運動量を増やせば完璧。

 
だけど、貧血の持病があり、あまり無理なダイエットは禁物なワタシ。

 
無理をせず、ぼちぼちやっていこうと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月23日 (火)

泡沫候補って

年賀状の時期に痛烈に思ったのだが、このごろ字が下手になったワタシ。

いや、以前から上手なほうではなかったのだが、このところの下手さかげんは激しい。

理由はわかっている。

字を書かなくなったのだ。

 
 
そんなわけで、「新年の目標」というほど大げさじゃないが、なるべく字を書こうと思い立った。

 
 
ある日、新聞を読んでいて目にしたのが、「泡沫候補」ということば。

恥ずかしながら、初めて目にすることばなわけで。

それで、手帳に「泡沫候補」と書き、意味を調べて、それも書き写す。

「泡沫」って、「ほうまつ」と読むけど、「うたかた」とも読むと。

それで、「うたかた」の意味も書いたりして。

 
 
う~ん、何かいい感じ。

ちょっと賢くなった気分。

 
 
ところで、新聞で「泡沫候補」と揶揄されていた人は、泡沫どころか圧勝した。

そんなことも、あるんだね…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月18日 (木)

目を見ればわかる

ちょっと前に聞いたダンナのうんちく。 (←と、本人は思っている。そう思わせているワタシ。)

飲食店や宿泊施設等の接客のプロは、カップルの客が「どういう関係」なのか、すぐわかるそうだ。

ま、下世話に言うと、夫婦なのか、単なる知人なのか、グレーゾーン(いろんな濃さ)なのか、把握できるということですね。

それによって、案内する席だとか、対する会話とかを考慮するってことみたいなのだ。

 
 
「どうやって見分けるの?」と聞くと、

「う~ん、よくわかんないけど、まぁ、目を見るんじゃないかな…」

とのこと。

 
目…?

 
ダンナに言わせると、夫婦連れの「目」には、緊張感がないそうだ。

 
なるほど。

自分を振り返れば、一理も二理も、ある。

こんな(←どんな?)ワタシでも、若い頃は「トイレに行く」のも恥らうときがあったもんな。

それが今や、出物腫れ物所嫌わず。

あはは。

こんなワタシに、誰がした。

 
 
そんなダンナのうんちくを聞いてから、すれ違うカップルの目を見てみるのだが。

本人たちに、「あなたがたのご関係は?」と尋ねるわけにもいかず、いつまでたっても想像(妄想?)の域を出ないワタシであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月15日 (月)

これでいいのか

私立高校の入試も始まり、週末はいよいよセンター試験。

一気に受験モード突入、のはず。

だけど、我が家では(表面上は)ふだんと変わらない。

先日も、「朝起きたら8時」なんて大ポカやらかしたし。

試験当日だったら切腹ものだな。

 
いいのか、これで。

 

ワタシ以上に緊張感がないのが父親。

1月からの連続ドラマを「見ないのか?」と受験生にすすめている。

見れるわけないっしょ。

これからの1時間は1点に相当するんだって、誰か言ってたよ。

 

てなことを言うと、

「そんなの不可能じゃん。みんな満点取っちゃうよ。」

と息子から冷静に切り返される母。

 
 
 
春休みはスキーに行こうだのオールナイトでカラオケだのと盛り上がるワタシたち。

これを現実逃避と言わずして何と言おう。

 
まぁ、良い。言うだけはタダだし。

早く来い来い、春休み。 (←もうすっかり、春に休暇を取るつもりでいる。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月11日 (木)

チーズは好きですか?

昨日、「ばりぞうごん」なんて不慣れな言葉をアタマの中で繰り返していたら、唐突に「ゴルゴンゾーラ」が出現した。

「ごん」と「ぞ」しか合ってないって。

 
 
そもそも、チーズを好んで食べようとは思わない。

チーズとの始めての出会いは小学校の給食だったが、「なんじゃこれー」というのが第一印象。かなりショックなできごとだった。チーズとは無縁の家庭で育ったもんで。

もちろん、今はやりのこじゃれたナチュラルチーズではなく、せっけんみたいなプロセスチーズだったのだけど、このときのものすごく悪い印象が後々まで尾を引いて、大人になるまで口にすることは皆無だった。

今でもプロセスチーズは食べないが、ナチュラルチーズだったら少しだけなら食べることができる。

それに、ピザやグラタンは平気。どちらかというと好物のほう。でも、「とろけるチーズのとろける前」はいただけない。

あと、パスタにかける粉チーズも大丈夫。あれも、削る前の固まりだったら、きっとアウトだろう。

チーズ好きの人から見れば、「変なの~」って思われるだろうけど、偏食や食わず嫌いってのは、えてしてこういうもの。

 
 
えっと、それでゴルゴンゾーラだけど、あの青かびはちょっとねぇ。(って、それだけかい!)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 9日 (火)

事件はどこで?

痛い腰をさすりながら、変な歩き方で出勤したワタシ。

二本足で歩く動物は、腰が「かなめ」だと実感。

そもそも、何が原因の腰痛かわからない。

ぎっくり腰だと、普通、「ぎっくり」するようなことが起こるのだけど、ワタシの場合、朝起きたらすでに痛かったし。

たぶん、寝ている間に事件は起こったに違いない。

まぁどうでもいいけど、おかげでうれしい3連休が台無し。

正月休みの間にそれなりにきれいにした家の中も、元の木阿弥。

「家の中、きれいにできません!」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 5日 (金)

バーゲンラッシュ

今朝の通勤も、混み具合はまあまあという感じ。

今日からしごとはじめで、ゆっくり出勤ってところが多かったのかな。

午前中は引き続き電話も少なく、午後からぽちぽちかかってきだした。

そんな一日だったが、帰りのバスは超満員。

そう言えば、昨日も多かった。

 
なぁぜ?

 
そうか。バーゲンセールなのか。

道理でみなさん、大荷物。

それが混み具合に拍車をかけている。

特に冬物バーゲンは、厚手の衣類が多いからね。

ご苦労なことです。

 
てか、もう少し早めに家路についていただくといいんですけどね。

 
明日から、3連休。

どこにも行くあてはないけれど、ちょっとうれしい。ちょっと幸せ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 3日 (水)

いぬる・にげる・さる

お正月、三日目。

明日からしごとである。

昔、小学校の先生が、

「3学期は短いです。1月はいぬる、2月はにげる、3月はさる、と言いますからね。」と判で押したように言ってたっけ。

「いぬる」って、何?と、子供心に思ったなぁ。

「『いぬる』『さる』があるんだから、『ねこる』があってもいいんじゃない?」とは、さすがに思わなかったけど。

 
今日は早朝から、こどもを駅まで送ったりしたもんだから、休日にもかかわらず朝からPCに向かっている。

本当はもう一眠りしたいのだけど、ここで眠ると明日からの生活がつらくなる。

とは言え、年末年始は不規則な生活が続いたので、当分は時差ぼけというか休みぼけがなおらないだろう。


それはそうと、来年の冬休みには、本当の時差ぼけを味わえるようになっていたいなぁ。

そのためには、この春、こどもたちに合格してもらわなきゃね。

もう、この期におよんで、あれこれ言ってもしかたがないので、本人の自覚に任せたいと思うけど。

そばで静かに見守るというのも、それはそれでつらいものです。

 
まぁ、ともかく。

健康に留意して、1年間がんばりましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 2日 (火)

良い1年でありますように

お正月、二日目。

テレビでは、似たようなバラエティ番組やスポーツ番組。

ファミレスでは、似たような家族連れ。

ショッピングモールでも、似たり寄ったり。

まぁ、こういう普通のことが、幸せってことなのかな。

欲は言いません。

この1年間、良いことがありますように!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 1日 (月)

お正月がやってきた

わー、わー、わー。

お正月!

なのです。

あけましておめでとう!!

なのです。

意味もないハイテンションなのだけど。

せめて元日くらいはね。

いろんなこと忘れて、年が明けたことを喜びましょ。

2007年、よくおいでなさいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月31日 (日)

そして大晦日

う~、なんのかんの言いつつ、あっと言う間に

大晦日!

何かやり残したことはないか。

忘れ物が思い出せないような、ちょっと落ち着かない気持ちになるのはなぜだろう。

まあ、よい。

明日という日は来る。たぶん。

2006年よ、さようなら~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月28日 (木)

雪だるまがいっぱい

この冬何度目かの、この冬一番の寒さ。

天気予報にも雪マークが。

と言っても、新聞の天気欄は、雪だるまマークなんだよね。

いくら雪が降ると言ったって、雪だるまがつくれるまでは降らんでしょう。

と、天気欄に突っ込んでみる。

こんな寒い日は、やっぱりあったかい鍋だよなぁ。

風評被害でカキが打撃をうけているらしいから、カキ鍋でもして景気づけしようかな。

元気に年末年始を乗り切りましょ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月26日 (火)

敵の思う壺

忙しい忙しいと言っている割には、テレビもよく見るワタシである。

昔は「テレビっ子」なんて言われたっけ…。 (遠い目)

特に年末年始は特番が多いため、前後のつながりを気にすることなしに見ることができる。

掃除や炊事をしながら「ながら見」するつもりが、どっぷりはまってしまったり。

だから、忙しいと言わざるを得なくなる。性懲りもないワタシ。

 
 
テレビをよく見るということは、CMもよく見るわけで。

好きなCMも多いけど、このあわただしい年末に、腹立たしいCMもあったりする。

そのひとつが、昔、「●団」と言っていた「●R」のCM。(いえ、鉄道関係ではありません。)

わけのわからないおじいさんが、しきりに「●団」にこだわるやつ。

正直言って、「え~ぃ、うざい」って感じ。

こういうおじいさんが身近にいたら、速攻で縁切りしたい。

 
こういうふうに、視聴者に歯軋りさせるところが、このCMの狙いなのか。

どうでもいいけど、このCMを見ていると、意地でも「●R」には関わりたくないと思う。

 
 
おっと、しっかり「●R」がインプットされてしまっている。

うー、敵の思う壺にはまってしまった…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月25日 (月)

ああ忙しいと言ってみる

イヤなことは先送りするワタシであるが、さすがにここに来てあせり始めた。

年末までに済ませなくてはならないことを、紙に書きだしてみる。

「クリスマスセールの抽選」なんてのは、今日までになっている。どうせはずれると思いつつ、行かねばなるまいと決意する。 (そんな大げさなもんでもないけど…)

しごと関係でも、年明け早々の期限のものがあり、年内に片付けておかなければ年が越せない。 (これも正月休みを返上したらいいわけで…)

まぁ、とにかく気ばかりあせる。

先日、迷ったすえに通販で買った「どんな汚れも落ちちゃう洗剤(仮名)」も届いた。

これも年内に使わなきゃ、何のために買ったかわからない。

ああ忙しい、忙しい。と言ってみる。

言うヒマあったら、身体動かそうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月23日 (土)

サルギャル

しごと帰り。あいもかわらずぼーっと歩いていると、路上にパトカーが。

「駐禁の取締かな?」

なんて思っていると、道沿いのマンション駐車場でおまわりさん二人と若い女の子二人が話している。

「痴漢か空き巣か!?」

すると、年配のおまわりさんが、女の子に「ちゃんとあやまりなさいよ」ってやさしく諭している。

 
女の子たち: は~い♪

緊迫感がない。そりゃそうでしょ。あんなににやけた顔して諭されてもね…。

ふと見ると、路上にもう1台の車と男の人。

 

ここにきて、ようやく状況把握。

つまりは、この女の子たちが、この男の人の駐車場に無断で車を停めたため、困った男の人が警察を呼んだところ、当の女の子たちが戻ってきたってことか。

それにしても、ずうずうしい。

 
女の子たち: どーもすみませんでしたー♪

男の人: どうでもいいけど、はやくどけてよ。

女の子: ったく、あやまってんだろ…(←小声で)

えっ?今、何とおっしゃいました?(←ワタシの心の声)

(この女の子の発言、幸か不幸か、おまわりさんにも男の人にも聞こえていない様子。)

 

女の子、一人ずつ、2台の車に乗り込む。

え、えっ? 2台かよ??(←ワタシの心の声)

 
女の子二人、無愛想に車を発進させ、走り去る…。

 
まったくどうなってんだ?他人の駐車場に勝手に車を停めといて、捨て台詞?逆ギレ?

女の子たち、「渋谷●09」や「天神●ア」にいっぱいいそうな、絵に描いたような「ギャル」で、買い物帰りといった風情。

いったい何時間停めてたんだ?

あんなブーツ(←ヒールが高い)履いた運転許していいの、おまわりさん。

それよりなにより、「すみませんでしたー♪」の一言(捨て台詞付き)で免罪していいのか!?

あいつら、おなじこと繰り返すよ。反省してないよ。

このサル野郎!

いや、サルギャルが!!

 
 
それにしても、この男の人は、警察を呼んで正解だったと思う。

当事者同士で話をしようものなら、このサルギャルたち、逆ギレして何をしでかすかわからない。

2対1なのをいいことに、男の人を悪者にすることだってしかねないだろう。

 
 
だけど、この男の人が、と言うか、この駐車場の持ち主が、 「すごーく怖い人」だったらどうなっただろう。

無断駐車がみつかった時点で、きっと車はボコボコにされるだろう。

そして、女の子たちが戻った時点で、本人たちも同様の目にあうだろう。(それだけじゃすまないかもしれない…。)

 
こういうの、何て言うんだっけ?

「毒をもって毒を制す」か。違うかな?

あのサルギャルたち。

いい加減、悔い改めないと、どうなっても知らないよ~。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月21日 (木)

ぼーっとしてひぇーっ

このごろどうもぼーっとしていて、うっかりミスが多い。

朝の通勤途中も、幽霊のようにぼーーーーっと歩いている。

だって、眠いんだもん。

 
こどもの学校へ面談に行ったら、複数の先生から、

「○○クンは、朝が弱いねぇ」と言われてしまった。朝は近寄れないほど機嫌が悪いんだと。

ひぇーーーーっ。

誰に似たんでしょうか…。って、ワタシのこどもでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月20日 (水)

占いが大当たり

理系人間を自認しているワタシは、基本的には非科学的なものを信じないタイプ。

だけど、占いは気にしてしまう。

とくに、ほぼ毎朝見るテレビの星占いは、その運勢の良し悪しが一日のテンションに影響するほど。

運勢が最悪の日は、しごとに行くのもイヤになる。とは言いつつ、いい歳をしたワタシは毎朝同じように通勤するのだけど。

「なんかイヤなことが起きなきゃいいな」と慎重に生活していると、不思議と夕方には占いのこと自体忘れてしまうものだ。

でも、そのイヤなことが現実に起こることもあるから、世の中あなどれない。

たぶん、おそらく、そういうことは偶然の範囲のことなんだろうけど、「うわぁ~、やっぱり占い当たるんだ~」なんて、妙な感動をしてしまう。

今日も、その「占いが大当たり」した一日で、結構へこんでいる。まぁ、悪いのは自分なんだけど。

こうなったら、最良の運勢もばっちり当たってほしいもんだ。

そこんとこ、よろしく~♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月18日 (月)

寒い朝に見たもの

この冬一番の寒波とかで、今日も朝から寒い。

ワタシもついに、ばばシャツ投入。着膨れている。

月曜で、寒くて、おまけに雨も降っている。いや~な気分の出勤中に目を引いたのが、ショートパンツのおねえさん。

いやまぁ、潔いっちゃぁ潔いんだけどね。

まぁまぁ寒かろうに。なんて、親指姫に出てくるモグラのおばあさんみたいな気持ちになる。

そういえば、女子高生も「これでもか」ってくらいにスカート短くしてるし。

からだ冷やすと、あんまりよくないよ。なんてこと言おうものなら、「うぜぇ、ばばぁ」なんて言われちゃうんだろうか。

ワタシも若いころ、そんなふうに反発したなぁ。

心意気もわかるけど、自分のからだのことなんだから。大人になったらわかることなんだけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月13日 (水)

無駄遣い厳禁

通勤中に愛用しているミュージックプレーヤーの容量が、そろそろ限界に達している。

もともと軽さと価格重視で、100曲くらいしか入らないのを買ったわけだが。

もっとたくさん曲が入るのを買うべきか。

今のやつで曲を厳選するべきか。

うん。やっぱり後者だな。

と、自分に言い聞かせる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月10日 (日)

なんとなくハッピー

久々に晴れた休日、のような気がする今日。

厚着をして外出したら、思いのほか暖かくて、ちょっとハッピーな気分。

単純なワタシ。

 
 
のんびりしているそこの奥さん(←ワタシのこと)、もう年末なのですよ。

年賀状はどうした?大掃除はどうした?

 
 
いえいえ、まだまだ時間はありますって。

この、根拠のないハッピー気分を、もう少し堪能させてくださいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 9日 (土)

小さい字の使い方

もう、これは、いろんな人がいろんなところで書いているので、スルーしようと思っていたのだが。

でも、やっぱり気になるので書きます。

 
あの、無意味な「拗音・促音」って、何とかなりません?

変な所で、小さい字を使うことですよ。

最初、「わたしは~」の「は」のところが、小さい「ワ」になっているのを見たとき、

「大人なのに、間違ってる」と真剣に思ったものでしたね。

それが、出てくる、出てくる。これでもかってくらいに。

いろんなブログにおじゃましていて、こういう文字に出会うと、内容云々より読みづらさが先に立って、すぐにおいとまします。

まぁ、娘に言わせると、若い人たちの符号みたいなもので、「んなもん、使う方の勝手じゃん」だそうです。

彼ら彼女らが、仲間うちだけで使っているのなら、それはそれでいいんでしょうけど。昔だって、「丸文字」とか使っていると、随分叩かれましたからね。

せめてTPOをわきまえてくださいな。大人が見るところで使うのは、やめておきましょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 7日 (木)

雨の日にさす傘は

今日は朝から本格的な雨。

こういう日は、折りたたみ傘じゃなくて、迷うことなく普通の(折りたためない)傘。

ワタシはなぜか昔から、傘が長持ちする。急な雨に困ってコンビニで買った傘を除けば、この何十年かで10本もないと思う。

たまに、気分を変えたい、新しい傘がほしい、なんて思うこともある。

だけど、傘って結構値が張るから、「今のが使えなくなってからでいいや」と思っているうちに物欲を忘れてしまい、結局、同じ傘を何年も使っている。

ああそれなのにそれなのに。

今のこどもたちの、傘に対する執着のないことないこと。

すぐどこかへ忘れてくるし、なくしても悲しむ様子もない。

「モノを大切にしないのは親の躾が悪い」と言われれば、否定のしようがありません。

さりとて、傘をなくしたこどもに、お仕置きのために傘を与えずにいれば、それはそれで虐待だと言われそうだし。(ちょっと大げさか…)

それに、今のこどもたちは、雨に濡れるのもへっちゃらみたい。

ワタシがこどものころは、「放射能の雨が降る」なんて言われたものだけどね。

ああ、いつの時代の話やねん…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 6日 (水)

小春日和って

12月に入ってすぐのころ、テレビのお天気コーナーか何かで「今日は小春日和です」みたいなことを言っていて、ちょっと違和感があった。

というのは、小春日和って、晩秋の穏やかで暖かい日和のことを指すとずっと思っていたからだ。

でも、よくよく調べてみると、初冬のことらしい。だからお天気コーナーのおねえさんが言っていたことは正しい。

たぶん、ワタシの刷り込みは、幼いころに読んだアメリカの漫画(ビーグル犬が主人公のあれですね)に始まったと思う。

その中に、「Indian summer」という単語が出てきて、確かそれが晩秋のことで、「あ、小春日和とおんなじことなんだ」という解釈が自分の中に出来上がったような気がする。

まぁ、晩秋でも初冬でも、明確にカレンダー(11月とか12月とか)と連動しているかといえば、そこんとこはよくわからないんだけど。11月の初旬には、「立冬」があるわけだし。

どっちにしても、冬至を過ぎるころには、小春日和なんて聞かなくなるし、実際そんな暖かい日も望めなくなるわけで。

どうでもいいと言えばどうでもいいことなんですけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 5日 (火)

どんなシャツ?

なんだか急に寒くなって、娘が「ばばシャツ」を買いたいと言う。

選んだのを見ると、普通のインナーとしてもOKの、レースのついたかわいいやつ。

うーん、すでに「ばばシャツ」ではない。

というか、「ばば」っていったい…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 3日 (日)

自分と違う他人・その4

さて、思いやりが大事と言っている割には、立場を同じくする他人に対して、見る目が厳しくなりがちなワタシである。

それはなぜか。

いや、わがままとかジコチューとかいう性格的なことは自覚してるので置いといて…。

たぶん、自分に少なからず自負心があるのだと思う。

だから、例えばこどものいることを理由にして、しごとに対する姿勢に甘いところがある人などを見ていると不愉快になる。

「ワタシはがんばってやってきたのに…」と思うわけ。

おそらく、同じことを自分が言われると、「それは結果論でしょ。あなたとワタシでは、状況が違うのよ。」と反論するだろうが…。

 
 
知っているから優しくなれる。

知っているから厳しくなる。

相反するようだけど、どちらも真だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 2日 (土)

自分と違う他人・その3

さらにつづき。

AさんにもBさんにもこどもがいないという「事実」は、たまたまそうなのであって、そのことをもってして、こどものいない人すべてについてどうこう言うつもりは、ない。

こどもがいなくても、子育てをしている人の立場を思いやれる人はたくさんいると思う。

また、「知らないから、経験がないから、わからない」ということもあると思う。

もっと言えば、「こどもがいるってことと、しごとをするってことは、別の問題でしょ。オフィスにプライベートを持ち込まないでほしい。」と考える人もいるだろう。

その点で言えば、扶養手当のこと(同一労働なのに、扶養家族の有無で受け取る金額が違う!)など、ワタシも言いたいことが山ほどあるのだが、それはまたいつか。

とにかく、何のかんの言っても人間は感情の生き物だから、言い方ひとつで感情がどうにでももつれていく。

しごとは組織でするものだとしても、その組織を構成するのは、やっぱり生身の感情を持った人間なわけで。

いろんな考え方・主義主張があったとしても、自分と違う他人を思いやる、その立場を慮る姿勢というのは不可欠だと思うのだけど。

(つづく、かな)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 1日 (金)

自分と違う他人・その2

昨日のつづき。

あるとき、こどものいるスタッフが休暇の連絡をしてきた。

どうも、こどもさんがケガをしたらしい。

「どうも」というのは、この電話を受けた人(Aさん;このスタッフの上司)が、「こどもがケガで休む」という「事実」しか聞いてないから。

「そのケガがどの程度で、スタッフ自身がどのくらいに付き添わなければいけないか」などということは聞いていないわけ。

実はこのスタッフは近いうちにあるプロジェクトに係わることになっていた。

そのことを知っているAさんは上司なんだから、まず電話を受けたときに、その業務が遂行できるかどうか本人に聞くべきだったんじゃないか。

まぁ、スタッフ本人もあわてていただろうし、そういうことを聞く状況じゃなかったこともありうる。

でもプロジェクトは近々に迫っており、時機を失した変更はいろんなムダを生む。

それで、「やっぱり本人に意向を確認したほうがいいんじゃないか」なんて話をしていたとき。

別のスタッフ(Bさん)がひとこと。

「本人から申請がない限り、変更せずに進めるべきです。我々が考えることではありません。(きっぱり!)」

いや、言ってることはごもっともなんですけどね。

Bさんの発言がワタシに向けられたこともあって、正直、ちょっと、

カチン (ー_ー#)

ときたわけですよ。なにもそんなにきっぱり言わなくったって…

ちなみにAさんにもBさんにもこどもがいない。

いけない、いけないいけない

と思いつつ、つい、

こどものいないひとにはわからないのかなぁ…

なんてセリフが頭のなかでぐるぐる、ぐるぐる…バターになるぅ…

(さらに、つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月30日 (木)

自分と違う他人・その1

ワタシは、自分自身がそんなに立派な人間じゃないから、他人の生き方を「基本的には」批判しないようにしている。(その割には、ここでは悪口言いまくりだけど…)

例えば、しごとをするか否か、結婚するか否か、夫婦同姓にするか否か、こどもがいるか否か、なんてことは、当事者の真摯な選択の結果として尊重したいと思っている。

こういう前フリをするってことは、「例外」もありということなんだけど。

自分と違う他人を尊重するってことと、その人の立場に立って物事を考えるってことは表裏一体のことじゃないだろうか。

自分と違う立場の人のことを慮るのは難しいけれど、そこを解決するのは、前にも書いたけど、「想像力と思いやり」だと思う。

シビアな例えになるけど、「こどものいない人には子育ての苦労はわからない」なんて話をよく聞く。また、「こどものいるスタッフは急に休むから困る」なんて話も聞く。

おそらく、お互いに、相手の立場に立てていないがゆえの発言だと思う。

まぁ、きれいごとを言うわけじゃないけど、ワタシはどちらの立場にもなれるコウモリみたいなやつだから、こういう発言を聞くと複雑な心境になるのだ。

(たぶん、つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月29日 (水)

気持ちはわかるけど

朝、通勤の人々が行きかう街なかで、コンビニのおにぎりを食べながら歩く女性。

気持ちはわかるんだけどねぇ。

びしっとスーツを着込んだ妙齢のお嬢さんだったから、ちょっとあれれ?って感じ。

会社に着いてから食べるわけにはいかないのかなぁ。時間ギリギリだったのかな。

そういえばうちの娘も、朝、トーストをくわえたまま家を出る。

ベタな恋愛ドラマだと、曲がり角で運命の人にぶつかったりするんだろうけど、まずそんなことはない。

親として、まことに恥ずかしい限りです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月27日 (月)

ヒールの騒音

前々からすごく気になっていたんだが。

ヒールのゴム(?)が擦り切れたオネエサンの歩く音、うるさくないかい?

歩くたびに、カンカン、カンカン…。耳に障る。

街なかでは、床材にもしゃれた素材を使っているから、余計に音が高くなる。そんな硬いヒールで歩いた日にゃ、床材も傷つくだろうに。

世間では、「まず靴を見ろ」って言われていること、知らないのかな。ゴムが擦り切れたうえに、巻皮がベロンとめくれてたりして、みっともないったらありゃしない。

息子のガールフレンドがそんな靴はいてたら、「あのコはやめときなさい」と忠告するな。(←えっ?姑根性?)

まぁ、彼女たちが、恋人のひとりやふたり失うくらいなら別にどうってことないけれど、朝からあの不快な足音を聞かされるのはたまらない。

なんとか改心・修理してください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月26日 (日)

いまだに見る夢

もう卒業してから何十年もたつのだが、いまだに学生時代の夢を見る。

よく見るのは、テスト直前なのに勉強していない夢。

そして、授業を全く受けていない夢。

体育があるのに体操服を忘れる夢なんてのもある。

夢の中で、どうしよう、どうしようと悩む。のんびり夢なんか見てるヒマはない。起きて勉強しなくちゃ。学校に行く準備をしなくちゃ。でも、すご~く眠い。ああ、どうしよう。

悩みながら、夢と現実のはざまのあたりで、はっと気がつく。

そうだ、ワタシはもう大人だったんだ。勉強は、しなくていいんだ。

…。

こんな夢をよく見るということは、よほど学生時代に未練があるということだろうか。

勉強をしていなかったり忘れ物をしたりした経験が、強烈すぎたんだろうか。

今、我が家のこどもたちはテスト漬けの毎日。

「ちゃんと勉強しないと、大人になって夢でうなされるよ~」と言いたいけど、「ばっかじゃない?」といなされてしまいそうなので、やめとこう。

勉強はしなくてもいい大人のワタシだが、しごとは山のようにある。

うなされないように、片づけます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月24日 (金)

五月蝿い!

「五月の蝿」で「うるさい」。たま~にクイズに出ます。

そんなことは置いといて。

朝、通勤のバスでワタシの後ろに座ったオバサン二人組。

もう最初から最後まで、しゃべりっぱなし。

朝のバスは、ほとんどの乗客が眠ってるってのに。

うるさいったらありゃしない。

あんたたち、誰のおかげでそんな立派な格好してられると思ってんのよ。

(いや、ワタシのおかげではないが…)

そうやって遊んでられるのも、こうやって朝早くから働きに行ってる労働者のおかげでしょうが。

同じように働けとは言わないが、せめて通勤のバスの中では、静かにしといてよ。

まったくもう。

今度出会ったら、絶対にガツンと言ってやる!(たぶん、二度と出会わないと思うけどね)

ワタシの貴重な睡眠時間を、返せ!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月22日 (水)

いい人になれない

ちょっと前に、自分が「八方美人」みたいなことを書いたが、その割には他人に対して好き嫌いが結構あるというこの性格はいかがなものか。

たぶん、こういう人のことを「わがまま」若しくは「ジコチュー」と言うのだろう。

ごめんなさい、世間のみなさん。

だけどね。

ウン十年も生きてきて得た結論として、嫌いな人はどう頑張っても、好きにはなれないってことですよ。

みんなに好かれようと思って生きるのもたいへんだけど、みんなを好きになろうと思って生きるのも、そりゃもうたいへんですって。

いや、いますよ、世の中には。

「あの人のことを悪く言う人はいない」とか、「あの人が、他人の悪口を言うところを聞いたことがない」とか表現される人。

すごいなぁ~と思う。並大抵の努力じゃないはず。

それか、生まれつきそういう性格で、天使のように生きている人もいたりして。

ワタシとしても、そうありたいと思い、それなりに頑張ってはいるんだけど。

世の中、いろんな人がいるんだよね。

優しくしなくちゃ、面倒みなくちゃ、指導しなくちゃ、なんて半ば強制されちゃうと、ある時期にキャパを超えて、気持ちが爆発してしまう。

もー無理。ワタシ、そんなにいい人になれません。

だって、嫌なものは嫌なんだもん。(って、ワタシはこどもか?)

世間のみなさんは、こういうイケナイ気持ちを抱かないんだろうか…?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月21日 (火)

勤労に感謝

洗濯物が乾かないと泣いていたが、今日は晴れ!誰が何と言っても晴れ!!

秋晴れと言うには少し寒々しい感じだが、それでも日は射している。

週が始まったばっかりで、まだ火曜日かぁ~とうだうだしていたら、なんと明後日は休みじゃん。

うきゃー \(>▽<)/

それも「勤労感謝の日」とな。o(≧∇≦o)(o≧∇≦)o

昔、お父さんに「ハイライト」をプレゼントしたなぁ。お姉ちゃんとお小遣い出し合って。

たしか80円くらいだったと。いつの時代やねん。

こどもがお使いでタバコを買いに行かされていた時代です。今は親のお使いでも売ってくれないよね、未成年には。たぶん。

100円握ってお使いに行って、おつりはお小遣いにもらったりして。幸せな時代だったなぁ。

…。

それでもって今日はまたまたバスケの放送日。

ちょっとばっかし開始時間が早いので、「休んで見たいなぁ」なんて言ってたら、息子から、「しごとしろ」と強烈な突っ込みをくらってしまった。

は~い。働かざるもの、感謝されませんってね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月18日 (土)

「融通」という言葉

ワタシが中学生だったころの話。

翌日の国語のテストに備えて、辞書を引き引き漢字の勉強をしていた。

辞書を引いたのは「融通」という漢字。

読みと意味を調べるためだったが、読み仮名は予想に反して「ゆうずう」…。

へー、「通」ってつくのに「ゆうづう」じゃなくて「ゆうずう」なんだ。

なんだかちょっとした発見をした気分で翌日のテストに臨んだら、「融通」の読みが問題に出ているじゃないか。

やったね。勉強してよかった。思わず心の中でガッツポーズ。

…。

ところが、戻ってきたテスト用紙には、「ゆうずう」のところにバツがついている。

え?なんで?

少し迷ったけど、職員室の国語の先生のところへ。

「先生、これどうしてバツなんですか?」

すると先生、「だって、『通』だから、読みは『ゆうづう』でしょう?」とおっしゃる。

「うっ…」

辞書には「ゆうずう」と出ていたことを言おうかと思ったが、周りに他の先生もいらしたし、たった1点や2点のことでゴネル生徒と思われたくなかったから、すごすごと引き下がり、職員室をあとにした。

もうウン十年も前のことだけど、そのときのことは今でもよく覚えている。悔しいという気持ちは、ほとんどない。あー、先生も間違うんだなっていう、おおげさに言えば諦観みたいな気持ちはあるかもしれないけど。

ただ、自分のこどもに接していて、1点2点でも人生が変わることだってあるかもしれないと思うとき、あの国語の先生ももしかして、何人かの生徒の人生を変えてしまったんじゃないか、なんて慮ってしまう。

ワタシがあのとき少し勇気を出していれば、どうなっていただろう。「融通」という言葉にふれるとき、そんなことを考えてしまうのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月17日 (金)

八方美人をやめるとき

かなり前に先輩から言われたこと。

「みんなに好かれようと思っちゃいけないよ。世の中にはキミを嫌いなひとだっているんだからね。」

そのときはよくわからなかったけれど、このごろはすごくよくわかる。

こどものころから八方美人を自認してきた。もちろん、その形容詞が決して誉め言葉でないことも知っている。

だからと言うわけでもないが、自分のことを悪く言う人間がいることが、このうえなく理不尽であるような気がしていた。実際に悪口が耳に入れば、もうこの世の終わりかのように悲観にくれたものだ。

今でもその名残はあるが、なるべく先輩の忠告を思い出すようにしている。

 
職場でも、陰でこそこそしゃべりたがるスタッフがいる。

以前だったら、自分のことを言ってるのかどうか気が気じゃなかったが、このごろは気にしない振りをしている。

そんなこと気にしてたらキリがないし、基本的に立場が違うので、いろいろ言われたところでどうってことないから。

むしろ、そんなふうに陰口をたたくスタッフの評価が下がらないか心配したりして。

 
世の中には敵がいて当然だと思う。欠点があれば嫌われるし、完全無欠でも妬まれる。

誰にでも好かれようと思って無理をして生きるより、嫌われたっていいからありのまま生きるほうが、精神衛生上、よりいいような気がする。

まぁ実際は、どっちつかずの中間路線で、あっちふらふらこっちふらふら迷いながら、日々暮らしていくんだろうけどね…。

八方美人やめます宣言は、いつになるんだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月16日 (木)

九州場所では

街なかで、おすもうさんの姿を見かけるようになったら、冬はすぐそこまで来ている。

博多の冬は寒い。

大相撲の会場付近から駅まで延びる大通りを、日本海からの寒風が通り抜ける。

九州だから暖かいなんて思ったら、大間違い。

 
その大相撲だが、7月は「名古屋場所」なのに、なぜ11月は「九州場所」なのか。

空席も目立つ今場所だが、誰かが「九州のお客さんは、外国人力士がお嫌いなんでしょうか?」なんて分析していた。

そんなこたぁない。

まずもって、「九州」とひとくくりにすんな。

何人のひとが九州に住んでると思ってんだ?

少なくとも、名古屋よりはずっとずっと多いよ。

道州制がどうのこうのっていうことで、「九州はひとつ」なんてスローガンも聞くけど、実際のところは「九州はひとつひとつ」なんだよ。

だいいち、福岡と鹿児島じゃ、方言も全く違うしね。

福岡の中だって、県北と県南じゃ言葉も文化も微妙に違う。

極端なことを言えば、通りを挟んでこっちとむこうじゃ、使う言葉が違うってこともある。

高校生になって、いろんなところから集まった生徒達が、「うちら、そんな言葉は使わんよ~」なんて地元話で盛り上がったりする。

方言のネタはいろいろとありすぎるので置いとくが、とにかく「九州」とひとくくりにされるのは気に入らない。

それはたぶん、「関西」とか「東北」とか、ひとくくりにされるのと同じような感覚だと思う。

だけど、遠く離れた土地で、「鹿児島出身です」とか言われると、それはそれで親近感がわく。そういうところは不思議な感覚だ。

要は、それぞれの土地にはアイデンティティーがあるわけで、それを無視して勝手にパッケージ化されるのが不愉快ってことかもしれない。

 
九州場所では、九州の各県出身力士が登場すると拍手が盛大になる。けれど、結びの一番が外国人力士同士でも、観客は同じくらい声援を送ってますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月14日 (火)

適材適所って

ある診療所へ検査に行ったときのこと。

検査機器を操作しているのは60歳前後の女性。

そこの検査機器はPC管理されているみたいで、ディスプレイを見ながら文字や数字を入力するのだが、彼女は入力にかなり手間取っている様子。

おぼつかない手で、キーボードのローマ字のありかをさがしている。

「ほら、そこにありますよ」と教えてあげたいくらい、遅い。

そのうちに待つ人の行列ができ、他の若いスタッフから、「このマークの人は急ぐ人ですよ!」とせかされている。

ワタシといえば、時間的に余裕があったからかもしれないが、「あー、気の毒になぁ」と彼女の肩を持ちたい気分。

保健師さんか看護師さんか検査技師さんかわからないが、彼女もその道ではそこそこのキャリアだろう。

きっと採血なんかさせたら、ピカイチなんだと思う。

それなのに、こんな横文字だらけの機械に囲まれて、一本指でキーボードをぽちぽち押さないといけない。

若いスタッフの「んもぉー、のろまなんだから」なんていう無言の非難にも耐えなくちゃなんない。

なーんかね。

「適材適所」なんて四字熟語を思い出してしまったワタシである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月12日 (日)

硬くて悪いか

詳述は避けるが、ワタシはある分野でのNGチェックをしごとのひとつとしている。

特定の基準に照らし合わせて、○か×かを判断するわけですね。

当然、判断に迷うことや微妙な案件もあるわけで、そういうときは上司のおためごかしに相談することにしている。

なお、おためごかしの人となりは、こんなだったりあんなだったりそんなだったりです。

 
先日も、結構ディープな案件について相談していたんだけど、その上司が言うには、

だいたいキミは硬すぎるんだよ」…だとさ。

いえ、それがワタシのしごとですから。

だいたい、NG潰しって、モグラたたきのようなもの。

いい加減、疲れますって。

ワタシとしては、「誰のおかげ?」のひとことも言いたいところ。言わないけど。

 
それを「キミは硬い」ってなんだよ。

それ、誉め言葉じゃないだろ。何か勝ち誇った言い方がむかつくんだけど。

「自分はこうやって要領よくやってきた。お前はばかだな。もっと柔軟に考えろよ。世の中、正論ばっかりじゃやっていけないぞ。」

結局、そう言いたいんじゃない?

ワタシもね、しごとじゃなけりゃ、そうしたいよ、全く。

そんなこと、いちいちえらそーに言われなくったって、わかっております。

 
だいたい、「硬い」とか「まじめ」とか「頭がいい」とか言われると、本当にむかつく。

「ワタシは硬くもないし、まじめでもないし、頭もよくありません!」と言い返したい。

実際のところ、少しは当たっているかもしれないけど、他人からどうこう言われたくないってこと。

なんかこういうこと言われると、自分がアリで、キリギリスから嗤われているような気がするんだよね。

「アリとキリギリス」では、キリギリスに天罰(?)がくだるけど、ワタシを嗤うキリギリスは、ずーっとお気楽に暮らしていくんじゃないかって、卑屈に考えてしまう。

そしてキリギリスから、「ほーれ見ろ。やっぱりおれたちの勝ちさ!骨折り損のくたびれもうけだったな。世の中、要領さ。」なんて嘲笑されるんじゃないかって。

 
うーん。考えすぎなんだろうか。

アリの努力が報われるときが、いつか来るんだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月11日 (土)

いい酒・悪い酒

気の合う人たちと飲むお酒は楽しいが、気の合わない人やよく知らない人と飲むお酒は苦痛以外の何ものでもない。

苦痛の酒席はなるべく行かないようにしているが、しごとや義理が絡むとそうも言ってられない。

いやだいやだと思いつつ出席するわけだが、まずろくなことはない。

それで過去、何度泣いたことか。

酒の席で泣くなんて大人げないと思うけど、悔しさだけはどうにも我慢できない。

 
そうだ。悔しいのだ。

ワタシを泣かせるやつらは、当然のことながら酔っている。

酔って、訳の分からないことをうだうだ言う。

訳が分からないから反論のしようもないし、仮に反論できたとしても、議論がかみ合うはずもない。

黙って聞いてりゃ、「聞いてんのか」と因縁つけられるし。

何か言えば、「そういう言い方がどーのこーの」とさらに因縁をつけられる。

もっと悔しいのは、やつらが酒の力を借りてうだうだ言ってることだ。

言いたいことがあるんだったら、しらふで言えよ。

しらふのときでも、心の中じゃ、今しゃべってることを思ってんでしょ。

日ごろは善人面して接していても、陰じゃ、「この女、いつかひとこと言ってやる」って思ってんでしょ。

この卑怯者。

 
若いときは、誘われたお酒はなかなか断れなかったし、断ったら何を言われるか、何をされるかわからなかったから、こういう苦痛の酒席でも我慢して出ていた。

今はそれなりに歳も重ねて、ある程度自己主張できるようになったし、セクハラやパワハラの概念も確立されつつあるから、そういうことを理由にして欠席することも可能ではある。

でも卑怯者は生き残っているわけで、欠席裁判もやられてるんだろうなと思う。

まぁ、悪口をうだうだ言われているくらいならいいが、ワタシのことをよく知らない人が、その卑怯者の発言を鵜呑みにして、ワタシに対する印象を悪くするようなことは勘弁してほしい。

そうじゃなくても、酒の席で重要なことが決まったりするへんちくりんな社会なわけで。

「飲んで腹を割って話す」なんて言うけど、お腹のなかにどんな内緒話が詰まってるんですかって聞きたいね。

あ~、いやだいやだ。

 
とにかく。

お酒は楽しく飲みましょう。

そして、議論はしらふでしましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月10日 (金)

ぼそぼそぼそ

昨日の続き。

もうひとつ気をつけようと思っているのが「声」のこと。

どうもワタシの声は、普通じゃないらしい。

「キミの声をはじめて聞いたときは、カルチャーショックだった」なんて言われたこともある。

たぶん、耳障りな声なんだと思う。

それは、ワタシの血を引く娘の声を聞いていて感じることだ。

「もう少し小さい声でゆっくり話せないの?」と何度注意したことか。

「だってしょうがないじゃん。生まれつきこういう声なんだから!」と言われると、返す言葉がない。

はい、ごもっともです。

でも、きっとこの声のせいで、落ち着きのない、うるさい女、軽薄な人間だと思われているだろう。ワタシたち親子は。

だから、なるべく低く小さな声で、ゆっくりと話すように気をつけているのだが…。

こればっかりは、ねぇ。生まれつきなんだし。

努力して直していくしかないわけです。はぁ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 9日 (木)

言葉をもぐもぐ

このごろ気をつけていること。

言葉にしてしゃべる前に、一呼吸して考える。

本当にそれは適切な言葉なのか。

一時の気迷いで、言わなくても良いことを言おうとしてないか。

ちょっと冷静になって考えると、いろんなことが見えてくる。

昔は、って言うかついこの間まで、いや今でもそうだけど、思ったことをすぐ口にするタイプのワタシ。

だけどこのごろ、加齢のせいだと思うけど、言葉がすぐに出てこない。(←もしかして病気かも…)

牛のように、アタマの中で言葉をもぐもぐしないと、適当な表現がみつからないこともある。

だから、よほど急いでいるときでない限り、「う~ん」と熟考するフリをして、考える時間をかせぎだす。

これって、大人~って感じじゃない? (←自己満足)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 7日 (火)

例のやつらがあらわれた

今年もやってきましたあの季節。

路線バスの定時運行を邪魔する例のやつらの出現。

もう、朝からイライラしっぱなし。

ところ構わない能天気な会話もむかつくけど、人のことをジロジロ睨む不躾さにも腹が立つ。

いったいどういう躾されたんだよ!いい歳してジロジロ睨むなんて。

あんまり頭にくるから、たまに睨み返すけどね。やられたらやり返す。 (←花道か!?)

なんか近県に「日本一の吊橋」ができたとかで、それ目当ての観光バスがうじゃうじゃの予感。

あんな高くて揺れる吊橋渡る元気があるんだったら、もっと他のこともできるでしょうに。

朝からまじめに働く労働者を見下すような態度、やめてくんないかなぁ。

おっと、あんまり言うと持たざる者の僻みと思われるから、ほどほどにしとこうっと。

今日なんか、暴風警報出てたから、吊橋揺れるだろうなぁ(←遠い目…)。。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 1日 (水)

季節の風物詩

今日から11月。

街は晩秋を通り越して一気にクリスマス・年末モード。

ハロウィンが終わったとたんにクリスマスってのも、節操がないような気がするのだけど、何かしら気分が盛り上がる。

だいたいハロウィンなんて、スヌーピーの漫画の中でしか知らなかったのに、いつのまにか季節の風物詩になっている。

なんとお祭り好きな世間の皆様。

まぁ自分もそれに乗っかってるひとりだが。

年賀状も注文したので、週末は年賀状のデザインでも考えようかな。

やめようかな、と毎年思っている 年賀状

でもなんとなく出している。

1年に一度のやり取りの人もいるが、「ああこのひと元気なんだな」ってわかるし。たぶん向こうもそうだと思う。

昔だとそろそろ鬼籍に入ってもおかしくない年齢。お互いに生存を確認して安心する行事なのかもしれないな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月31日 (火)

定休日に行く場所

ちょっとびっくりした話。

ジムの定休日、常連の彼女らはこぞって近隣の温泉センターへ繰り出すそうだ。

いや別にだからどうということではないのだけど。

そんなに毎日、ジムだ温泉だと出かける根性がすごいと思って。

それからすると、毎日しごとに出かけるワタシの根性もすごいのか。

仮にこの先、「毎日が日曜日」状態になったとして、彼女らのマネができるかと言ったらとても無理だろう。

ワタシが毎日仕事に行くのは、根性云々よりも、「しごとには行かなくちゃならない」という強迫観念(?)のなせるわざだと思う。

とりあえず、そういう習性みたいなもののあとに、お金のこととか達成感とか地位や名誉がくっついてくるような。

 
そういやこのごろ温泉に行ってない。

ちょっとのんびりするのもいいかもしれないなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月30日 (月)

最後の授業

このところ何かと取り沙汰される世界史だが、ワタシは高校時代、とてもすばらしい先生に世界史を教わった。

世界史という教科のなせる技かもしれないが、その先生は教養深く博識で、授業はロマンにあふれていた。

もちろん覚えることもたくさんあって、先生のひとことひとことを聞き漏らすまいと多くの生徒は一生懸命だったが、それが苦痛に感じられないのが不思議だった。

 
卒業まであとわずかとなった、世界史の最後の授業の日。

先生は教科書を閉じて静かにおっしゃった。

「歴史は表面の事実しか残りません。
新聞の交通事故の記事。
事故の裏に隠された人々の悲しみは、表には出ません。
表に出ることがらの裏側には、人々の生活があります。
皆さんは、そういう裏側にもしっかりと目を向ける人間になってください。
これで私の世界史の授業を終わります。」

教室は静まり返った。卒業を前に浮き足立っていた級友たちは言葉もなかった。

そして、誰からともなく拍手が起こる。この先生に教わって良かったと思える瞬間。

今でも、その日のことは覚えている。何かの拍子に、その先生の口調がよみがえる。教わったことが、身体の奥に染み込んでいるような気がする。

学校で教わった多くのことは、引き出しの隅っこに入ったままで、そしてどの引き出しに入れたかも忘れてしまっている。

だけど、ちょっとしたきっかけで、高校生の自分、あの教室にいる自分がよみがえることがある。

そして、そのころに思い描いていた将来と、今の自分を比べてみたりする。

あの先生が願ったような人間になっているんだろうか。

そう自分に問いかけてみる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年10月28日 (土)

unbelievable

いえ、たいしたことじゃないんですけど。

朝、未使用のストッキングをはこうと思って包装から出したら、穴が開いてたんですね。

急いでたもんで、今日1日くらいもつかな、と思って足を入れると、やっぱり伝線。

これって、いったい…



つまり、不良品じゃないかよ!?

 
だけど、もうはいてしまったし。

最初から穴が開いてたって証拠はないし。

しかたなく、ゴミ箱へ。

朝からテンション下がりまくりの1日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月27日 (金)

当たりはずれ

人間は自分勝手な生き物だと思う。

 
 
例えば、自分のこどもの担任が、新卒の若い先生だったとする。

「若くてはつらつとして、やる気もあって良かったわ」と思うか、

「若いから経験不足が心配だわ」と思うか。

 
例えば、自分のこどもの担任が、年輩の先生だったとする。

「ベテランの先生で良かったわ」と思うか、

「年輩だからこどもの動きについていけないんじゃないかしら」と思うか。

 
 
親の間では、「先生の当たりはずれ」は確実にあると思われている。

第三者からすれば、視野が狭い、自分のこどものことしか考えていない、と言われるかもしれない。

先生だって人間。経験は積んでいくもの。歳もとっていくもの。能力にだって差はある。間違いもある。好き嫌いもしょうがない。病気もする。出産もする。

 
 
わかっている。

しごとをしていればなおのこと、十分すぎるくらいわかっているつもりだ。

 
 
だけど。

こどもにとって、先生の存在は大きい。

そして、こどもの時間は濃い。

先生にとっては、長い職業生活のうちの1年でも、こどもにとってはものすごく濃くて大事な1年。

取り返しのつかない1年。

二度と来ない1年。

 

「当たりはずれ」があるんだったら、「当たり」がいい。

そう考える親を、責めることができるだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月25日 (水)

きりきりモード

いつの間にかすっかり秋めいて、朝晩は冷え込む。

先週くらいまでは、28℃くらいあったと思ったのだが、気がつくと21℃とかだったりする。

クローゼットの中はまだ春夏仕様で、毎朝、保管用のクローゼットから秋冬物を引っ張り出して着ている。

今週末は覚悟を決めて、衣替えをしなくちゃなぁ。(←てか、まだやってなかったんかい!おさぼりが過ぎるぞ!!)

何か、公私ともにまったりモードだったのが、ここにきて俄然きりきりモードに。

ちょっとネジを巻きなおしているワタシである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月24日 (火)

子育ていま・むかし

子育てというものは、時代とともに変化していくと思う。

親の世代では常識であったものが、子の世代では非常識だったりする。

そんなこんなで、親世代と子世代、特に嫁と姑のごたごたのタネは尽きない。

いや~、そりゃいろいろありましたとも。シクシク…。

 
 
これはそのうちのひとつ。

まだ娘が赤ちゃんのころ、「食事に行きましょう」ということで連れて行かれたのが「焼き鳥屋」…。

赤ちゃん連れで焼き鳥屋って…。

 
もちろん個室なんかなく、板張りの土間みたいなところ。煙がもうもうと立ち込めている。

娘は母乳だったから哺乳瓶の手持ちもなく、お腹がすいてむずかればその場(!)で授乳するか外へ出てあやすかしかできない。

外は寒いのに、どうしろってのさっ!

 
そのころの娘は(今でもそうだが)、ころころとよく笑い、笑いすぎると必ずと言っていいほどしゃっくりが出る赤ちゃんだった。そしてそのしゃっくりは、母乳を飲まないと止まらなかった。

ダンナの実家に行くと、入れ代わり立ち代りあらわれる親戚のオバサマ方が、おもしろがって娘を笑わせる。娘はそのたびに、苦しそうにしゃっくりをはじめ、手に負えなくなったオバサマ方は「かわいそうだから早く止めてやって」と娘をワタシにゆだね、授乳を急き立てた。

おもしろがって遊んだ挙句にかわいそうだって?人から取り上げたおもちゃが壊れたって、放り投げて返すようなもんじゃん。ワタシはおっぱいマシンじゃないんだよ!

娘はそうやって、のべつまくなしにあやされた挙句、しゃっくりに苦しみ、時ならぬ時間にお乳を飲まされ、自律授乳もままならないような有様だった。

そしてそれは娘の体内時計を狂わせ、当然のように夜泣きにつながり、ワタシの生活サイクルをもぐちゃぐちゃにし、ストレスを増幅させた。

 
 
そんなことを知っているはずなのに、義母は娘を笑わせている。こんなところでしゃっくりが出ても困る。

ワタシはやんわりと「この子、笑いすぎるとしゃっくりが出ますから…」と言ったが、義母は「だって、おもしろいじゃない」とやめる気配を見せない。

案の定、しゃっくりが出だし、ワタシと娘は寒風にさらされることに。

だからやめてと言ったのに…。(←正確には「言えなかった」のだが)

…。

娘はやわらかいものを少し食べる時期だったが、ワタシはずっと「だっこ」をしていて手があかず、とても食べ物をすりつぶすことなんかできない。

 
 
そのとき。

義母がかぼちゃを口に入れ、「もぐもぐ」したあと口から出して、小皿に入れて差し出した。

 
 
へ!?

まじで?

お母様、もしかしてそれを赤ちゃんに食べさせろと?

だめですそんな、ピロリ菌がうつります、ミュータンス菌がうつりますぅぅぅ!!!

とにかくだめです!!!!!!

なんてことが小心者のワタシに言えるはずもなく。

 
何かにつけ、「あ~ら、昔と違うのね」と言われ。

あたりまえじゃん、何年たってるとお思いで。

「自分はこうして育てた」と胸を張られ。

それで息子さんはああなったんですか。

「育児書ばっかり見たってねぇ」と皮肉られ。

見ちゃいけないんですかねぇ。

 

確かに経験則が正しい場合もある。お年寄りの知恵をないがしろにしているわけじゃない。

だけど、股関節脱臼防止のための股おむつとか、母乳の優れている点とか、今の方が科学的に立証されていることも多い。

1歳未満の赤ちゃんにハチミツを与えちゃいけないことは、今の母親の間では常識なのに、「そんなこと聞いたことない」と相手にされなかったし。

でも、後日、「●もいっきりテレビ」かなんかで話題になったときには、しっかり信用していた。ヨメのお願いよりテレビのほうが聞いてもらえるのか?

 
まぁ、そんなこんなで、ヨメとしては言いたいことも言えず。

でもさすがに、口の中でもぐもぐされたかぼちゃだけは、娘に食べさせるわけにいかない。

だんだん煙もひどくなり、いたたまれなくなったワタシは、当たり障りのない言い訳をし、娘を抱いてその焼き鳥屋を飛び出した。冬の盛り場に、赤ちゃん連れは明らかに場違いだった。



胸の奥をぐさっとひっかかれたような気がした。

 
 
もちろん、ダンナも後を追って出てきてくれたが、ワタシの考えていることをどこまで理解していたかわからない。

結局それ以降も、同じような気持ちを何度も何度も味わうことになるのだが。

それはまたいつか、ということで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月23日 (月)

開き直らないで

このごろ、「言い間違い」が話題になることが多い。

よくあるのが、二種類の言い回しを混同しているもの。

「汚名返上」と「名誉挽回」をごちゃまぜにして『汚名挽回』とか。

汚名を取り戻してどうする。

あと、「他山の石」と「対岸の火事」をごっちゃにしている例も

『た』と『の』しか合ってないじゃん

そんな話をしていたら、

「間違いも、多くの人が使っていれば、そのうちそれが認知される」

てなことを言う サル が。 

そうか?

少なくとも、ワタシはあんたのそういうところ、認めないよ。

 
 
前にも書いたけど、間違いや勘違いは誰にでもある。ワタシもしょっちゅうやらかしている。

だけど、開き直ってどうする?

順風満帆」のオジサンじゃないんだから。間違いは間違いなんだから。

よくいるよね。字の書き順がめちゃくちゃでも、「読めりゃいいじゃん」と開き直るやつ。

いや、読めないし。そんな書き方する人って、いい加減な人って感じするんだよね。

学校で何習ってきたんだろう。

これって「ゆとり教育」の弊害か?

まったく、もう…。なんとかならないものかねぇ…。

と眉をひそめるワタシであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月20日 (金)

魔法の箱

いまや、しごとで欠かせないパソコン。

こんなふうになったのは、前にも書いたけど、そんなに昔じゃない。

1995年以前は、パソコンを扱えるのはコマンドを熟知した一部の人たちに限定されていたから、その他大勢の人にとってのパソコンは「魔法の箱」「ブラックボックス」だったと思う。

だけど、95年以降パソコンが画期的に使いやすくなったあとでも、「デジタルデバイド」と称された格差は消えず、使いこなせない人たちにとってパソコンは「魔法の箱」であり続けているような気がする。

実際、パソコンを使いこなせる人たちだって、内部の構造を知っている人はそうそういないから、「ブラックボックス」であることに違いはないのだが、「魔法の箱」と思うほど畏怖の念は抱いていないんじゃないかな。

 
問題はその「畏怖の念」…。

「おそれおののく」のは、個人の感じ方だからしかたないが、過剰反応されちゃうと、ちょっと困る。

でもいるんですよねぇ。そういう人。理屈がわからない割には、何でもできると思い込んじゃうとか。

確かにパソコンでできることは多いけど、何でもできるわけじゃない。

あくまで機械ですから。

その機械を動かすのは人間ですから。

「こんなことできたらいいな」って希望を、機械にわかるように翻訳して命令するのは人間なんですから。

システムにバグはなくても、人間にはバグはある。

専門職と言われる人の中にも、round関数を使えない人やスマートタグを知らない人はいる。

システムに強い人でも、コミュニケーション能力が欠如していたら、ユーザーの求めているものを結果として出すことはできないはず。

結局は、使い方しだいということかな。そこんとこは、ドラちゃんのポッケの道具と一緒かも。「何を使うか」じゃなくて「どう使うか」、そして「何を得るか」だと思う。

そうじゃないと、のび太くんはいつまでも、大人になれないよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月19日 (木)

人気の理由

このところ、週末のお出かけスポットとなっているのは某ショッピングセンター。

広大な土地に「どっかん」と建っている様は要塞を連想させる。(←見たことないけど)

角田光代さんの「空中庭園」に出てくる「ディスカバ」も、きっとこんな感じなんだろう。

ここにくればたいていのものは揃うし、時間もつぶせる。それに夜遅くまで開いているので、動きの鈍い休日でものんびりできるところがいい。

できて間もないということもあって、清潔感があふれているところも気に入っている。特にトイレがいつも清潔で、実はこういったところがこのショッピングセンターの人気の理由ではないかと密かに分析している。

というのも、ここができる前に行っていた、別系列のシッピングセンターのトイレの汚さに辟易していたから。

ウォシュレットじゃないのは致し方ないにしても、いつ掃除したのかわからないほどに汚れていたし、床もぬれていたし、何よりニオイが酷かった。

トイレに限らず、食品の品質管理もなおざりで、カビのはえた果物が平気で陳列されていたりもした。

おそらく、人手が足らないか、足りていても店員教育に問題があったか、店員の資質が悪かったか、根本的に組織に問題があったか、そのあたりはよくわからない。

けれど、前にも書いたけど、週末に家族連れで出かけるショッピングセンターのような場所は、単に「モノを買う」だけの場所でなく、気持ちのいい時間、居心地のいい空間といった付加価値のある場所であってほしいと思う。そういうところに人々は自然と集まっていく。

 
たかがトイレ。されどトイレ。

些細なことかもしれないけれど、結構たいせつなことだったりする。

おっと、家のトイレもきれいにしなくちゃね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月17日 (火)

元祖ネガティブなひと

さてさて、ネガティブなひとにもポジティブなひとにも、いろいろと問題があるわけだが。

前出のネガティブさんとはまた違うタイプもいる。

前出のネガティブさんは、自分の不幸を吹聴するきらいがあって、まだ思考回路がわかりやすい。

ところが今回のネガティブさんは、何を考えているのかちっともわからないという点で、おそろしくやっかい。まさしくネガティブの元祖と言える。

 
 
たとえば、ある日突然、「○○さんと机を並べて仕事をするのはイヤです」とか言い出す。

まぁ、言うのは突然でも何かきっかけがあるだろう…と上司が尋ねても、はっきりと言わない。

言えないくらい辛いことなのか…と上司は同情し、かくしてネガティブさんは部署異動。そりゃもう、腫れ物にさわるような扱いですね。

気の弱い人なんだなぁ。感受性の強い人なんだなぁ。傷つきやすい人なんだなぁ…と、こんな評価を浴びる。

反対に、イヤと名指しされた○○さんの評価はガタ落ち。

あの人、何したんだろう。いやぁ、前から言い方きついとこあったからね。相手の性格も考えないでポンポン言ったんじゃないの…と、こんな言われ方をされる。

そうこうするうちに、またもやネガティブさんが先輩に泣きつく。

曰く、「△△さんが怖いんです」…。

 
 
 
実は、その△△さんってのは、ワタシなんですけどね。

当然、泣きつかれた先輩は、ワタシを尋問するわけです。

「キミ、何かした?」…いいえ。

「何か言った?」…別に。

正確に言うと、一緒にしごとをしているわけだから、会話(何か言う)もするし行動(何かする)もするわけだけど、怖がられるようなことをしたり言ったりした覚えはない。たぶん。

それでその先輩が、再度ネガティブさんに聞いたところによるとだ。

 
 
△△さん(ワタシ)が何か言いそうで怖い。

△△さん(ワタシ)から何かされそうで怖い。

と答えたそうな。

 
 
はぁ!?

ワタシの存在そのものが怖いんですか、そうですか。

 
ワタシもそうやって、前の○○さんと同じように、評価ガタ落ちになるんですか。

ふ~ん。

 
 
って、ちょっと待てぃ!

何考えとんじゃ、こらぁ!!

 
そうやって、いつも自分が悲劇の主人公になって、周りはみんな自分をいじめる悪人なわけですか。

そうですか、そうやって生きてきたんですか。

その悲劇面のせいで、ほんとうに不幸になった人だっているでしょうよ。

結局、ただの わ・が・ま・ま だね。

じゃなければ、詳しくはわからないけれど、そういう症状の病気だと思う。

 
ワタシは正直言って、このトラブルのおかげで精神的に参ってしまった。だから、ことの顛末と身の潔白を上司に主張し、解決策として自分の異動を願い出た。

前回のこともあり、上司としても何となくわかっていたのだろう。「キミの気持ちもわかるが、なんとかうまくやってくれないか」てな感じで説得され、ウヤムヤのうちに時間だけが過ぎていったのだった。

もちろんワタシとしては、気分のいいものじゃない。積極的に攻撃されるのならこちらも反撃のしようがあるが、こういった陰湿な攻撃には手の打ちようがない。

何か言ったりしたりすれば、そのことをとらまえて「怖い」と言われてしまうだろう。ワタシは貝のように口を閉じ、動くことすらできないのだ。

 
 
いったいこのネガティブさんは、何を考えているんだろう。何をしたいんだろう。

ワタシにはちっともわからない。他人にイヤな思いをさせているという認識がないとしたら、本当にその所業には恐れ入谷の鬼子母神だ。なんてくだらない言い回しをしている場合じゃない。

 
 
その後、聞くところによると、ネガティブさんはあちこちでトラブルを引き起こしているらしい。そうやってトラブルの回数を増していけば評価も自ずと定まってくるだろう。

被害者にとっては、まったく迷惑な話なのだが…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月16日 (月)

ポジティブなひと

さて、ネガティブなひと にも困ったもんだが、反対にポジティブすぎるのもいかがなものかと思う。

登場するのはいわゆる女王キャラのひと。

何につけても自分のほうへ話を持っていく。「みなのもの。私の話をお聞き!」てな感じ。

例えば、飲み会で他の人が話をしていても、いつのまにか自分主語の話になり、「自分はいかにがんばっているか」「自分はいかに恵まれているか」「自分はいかに…」と延々と続く。

聞いているほうも、始めのうちは「そりゃすごいね」と感嘆の面持ちで聞いているが、だんだん辟易してくる。聞いているのが嫌になり、苦痛になってくる。

そのうち、「あんたの自慢話はもう耳にタコ…」と、さすがに口に出しては言わないが、心の中でつぶやきたくなる。

このタイプ。何事にもポジティブなのはいいが、ちょっと度が過ぎる。「あんたには負の部分がないんかい」とつっ込みたくなるが、つっ込む余地さえない。

はいはい、あんたはご立派ですよ。それがオチ。

いやはや…。

こういうひとのそばにいると、自分がいかにダメ人間か思い知らされるような気がする。

世の中はすべてあんたのものなの?って言いたくなるんだよねぇ…。

これ、ひがみなのか?

まぁ、ネガティブすぎてもポジティブすぎても、過ぎたるは及ばざるがごとしってね。

ほどほどなのがよろしいようで…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月15日 (日)

母校でのできごと

人間、誰にでも間違いや勘違いはある。

まぁたいていは笑ってごまかしたりする。

ところが、笑ってすまされないこともあるわけで。

そりゃぁ、えらいことです。

 
…。

はるか昔。

母校に教育実習に行ったときのこと。

実習生は、「実習日誌」を指導教諭に提出することになっていた。

その「実習日誌」は、たいていは在学している大学で用意しており、教育実習へ行く前に開催される大学でのレクチャーの際に配付されたりした。

実習生はそうやって、各大学で配付された「実習日誌」に、日々の実習の内容や感想、反省等を書き込むのだ。

ところがどういうわけか、日誌を用意していない実習生がひとりいた。聞くと大学でも配付されなかったらしい。

指導教諭は「信じられないな、全く」というような顔をしたが、その実習生だけ普通のノートに必要事項を書き記した「手作り実習日誌」を提出することで一応は解決した。

そんなある日。

指導教諭が、手作り実習日誌のある箇所を指し示しながら「せせら笑い」をした。

そこには「ふいんき」という4文字。

「全くなぁ」とその教師は舌打ちしている。

母校といえども、指導教諭は直接習った恩師ではない。だから「教師と教え子」といったような愛(?)に満ちた関係ではなく、どちらかというと後年知ることになる「上司と部下」といったビジネスライクな関係に似ていた。

それに教育実習の指導担当となったところで、この教師に経済的なメリットは何一つなかったと思う。「忙しいのに、なんで俺が…」みたいなイライラが見て取れた。

そんなわけで、この指導教諭と実習生との関係は必ずしも良くなかった。

その教師の舌打ちである。ワタシは緊張した。

そしてこの教師はこんなことを言い放った。

大学も大学なら、学生も学生だよな…。」

くだんの実習生は、たまたま間違ったのかもしれないし、「雰囲気」のことを「ふいんき」と勘違いしていたのかもしれない。

実習日誌のことだって、学生自身にはたぶん罪のないことだ。

でも、この教師にしてみれば、「『ふいんき』なんて書き記すレベルの学生が通う大学なんて、ロクな大学じゃない」と刷り込まれる決定的なできごとだったと思う。

その大学の話題になるたびに、「あの大学はな、『ふいんき』なんて書く学生でも通るようなレベルなんだぜ」と嘲笑するようになったかもしれない。

 
組織や集団に属するということは、それで庇護される反面、責任も伴うものだ。

そういうことを、なんとなくだが感じてしまったワタシだった。

 
それともうひとつわかったこと。

教師も生身の人間だということ。

好き嫌いもあれば間違いもする。全知全能の神じゃない。

普通の人間が「先生」というきぐるみを着て、教壇に立っていると思ったほうがいい。

そういった社会の現実をつきつけられた、母校でのできごとだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月14日 (土)

ネガティブなひと

普通に接していても、どうにもこうにも(こちらに)ストレスがたまる人っている。

まぁそういう人とはお友達にならなければいいのだが、しごと絡みだとそうもいかない。

うまいこと付き合わなきゃなんない。

それで、何でこちらにストレスがたまるか考えてみた。

いろんなタイプがいるとは思うが、ワタシの身近にいるのは究極のネガティブ人間。

何につけても悪いほうへ悪いほうへ話を持っていく。

例えば、何気ない世間話をしていても、「自分はいかに苦労をしたか」「自分はいかにひどいことをされたか」「自分はいかに…」と自分の話が延々と続く。

聞いているほうも、始めのうちは「そりゃたいへんだったね」と同情の面持ちで聞いているが、だんだん辟易してくる。聞いているのが嫌になり、苦痛になってくる。

そのうち、「そんな目にあうのは、そりゃあんたに原因があるんじゃない?」と、さすがに口に出しては言わないが、心の中でつぶやきたくなる。

このタイプ。根っからネガティブで、たまにいいことがあって周りから祝福されても、決して喜ばない。

いや、内心は喜んでいるのかもしれないけど、そうは見えない。

いいことのうちの、ほんの小さな「嫌なこと」をものすごく広げてしまう。

まさに針小棒大ってやつ。

いやはや…。

こういうひとのそばにいると、自分までネガティブがうつるような気がする。

かと言って避けてると、またへこむんだろうなぁ。

世の中の不幸を一身に背負っているのかい?って言いたくなるんだけどねぇ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月12日 (木)

若いって…

いえね。

決して自慢するわけじゃないんですけど。

ちょっと聞いてもらえます?

バス停で並んでいたら、うしろのかわいい女の子から、「このバス、○○に行きますか?」と聞かれたんですね。

「はい、行きますよ」とワタシ。

するとその子、携帯で誰かと話してるんですね。「行くって…。」

それで相手の子が(誰に聞いたの?)とか言ったんでしょうね。

 
「うん、若い女の人…。」

 
いや、それだけなんですけど。

そらみみ?

そうかも。

まぁ、若い子だから、話の展開が急で、脈絡のないこと口走ったかもしれないけどね。

それでもワタシ、顔が赤くなりました。

 
(*^_^*)…ぽっ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月10日 (火)

走る夢

ごくたまにだが、走っている夢を見る。

マラソン大会かなにかで、大勢で走るのだ。

ワタシは短距離走は滅法ダメで、学校の体育などは劣等感のかたまりだった。

けれど長距離走は、早いとは言えないまでもビリではなく、好きとは言えないまでもイヤではない。

ジムのランニングマシンでも、時速6Kmとか8Kmとかでのんびりと走るのは気持ちがいい。

マッチョな知人に言わせると、そんな早さじゃ「歩いてるほうがまし」らしいのだが。

さて、夢の中のワタシは結構早い。とんとんとんとん走っている。

途中、人にぶつかって一悶着あったり、靴がなくなってさがしたり、いろんなことが起こる。

そうして、もうすぐゴールというところで、たいていは目が覚める。

他の夢だと、目覚めると疲れを感じることが多いのだが、この走っている夢はそういうことはあまり感じない。むしろ爽快感を感じる。

夢はよく見るほうだが、同じような精神状態のときに同じような夢を見ているような気がする。

となれば、この走る夢はどういう精神状態のときに見る夢なんだろう。

ワタシの気づかない深層心理が、夢によってつまびらかにされる…とか。

ちょっと怖いけど、ちょっと知りたい夢の話でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 9日 (月)

プロフィール

このブログ、8月からアクセス解析というのができるようになった。

それでいろいろ見ていると、プロフィールをのぞいてくださる方が多いことがわかり、そちらも更新してみました。

いやぁ、ワタシって昔から「自己紹介」ってのがニガテなんですよ。

自分がどういう人間なのか、客観的に見れない。

それに意外なほど緊張するタイプ。

人前でしゃべると、ドキドキして何言ってんのかわかんなくなっちゃいます(泣)…。

というわけで、よく整理できないまま取り敢えず書いた「自己紹介」。

随時更新したいと思います。

 
ところで。

興味のあることのひとつに挙げた「バスケットボール」について。

実は自分ではできない。観るの専門。

学生時代から、バスケットが上手な人に憧れていたんですけどね。

このところ急にはまってしまって…。きっかけはもちろん「世バス」。

まぁ、息子も好きなので、ふたりしてバスケについて語っています。

ただワタシはJBL(日本)、息子はNBA(アメリカ)のファンだけど。

息子に言わせると、JBLとNBAはレベルが違う(NBAのほうが断然上)らしく、「いっぺん生のNBA観てみろや」というわけで、近いうちに息子と本場のバスケを観に行くつもり。

そのために、英会話の勉強をしているし、好きなお洋服を買うのも我慢の日々。

娘からは「ママは一旦はまるとハンパないねぇ」とあきれられている。

NBA観戦旅行に向けて、しごとの調整やら休暇の算段やらを考えていると、イヤなしごとも苦にならない。

実際のところいつ行けるかわからないけれど、目標を持って生活するって幸せなことなんだと実感する毎日です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 8日 (日)

月よりの使者

一晩寝かせた おでん もいい味になっている。

しかし、なんたってワタシは、満月が気になるんだろう。

前回の満月(正確に言うと1日おくれの月)もエントリしたっけな。

どこがどうってことじゃないんだけど、何か満月を見ると「ほのぼの」というか「なつかしい」というか、そういう気持ちになるんだよね。

あれ~、ワタシって前世は月の人?

それともオオカミ男??

もしかして、かぐや姫???

おでんを味見しながら、妄想はどんどんふくらむのであった。

ちゃんちゃん♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 6日 (金)

生き延びるメカニズム

ものすごく唐突だが、ちょっとした偶然で、「ハリガネムシ」という寄生虫のことを知った。

ある種のカマキリに寄生するらしいのだが、成虫になって水の中で暮らすまでのストーリーがなんとも言えない…。

これは「冬虫夏草」という菌を知ったときの衝撃に匹敵するかも。

それで、「ハリガネムシ」の何がすごいかというと、水のあるところで生活するために、宿主たるカマキリを水場へ行かせるように仕向けるわけ。

そのメカニズムはまだ解明されていないそうだが、カマキリにしてみれば(←自分がハリガネムシに寄生されているとは夢にも思っていないだろう…)「神の見えざる手」みたいなものに導かれて水場へ行き、気がついたらお腹からにゅる~っと何かが出てくるわけで。

 
ぎゃーっ!!

何か出る~!!!

 
これってすごい衝撃。

あー、夢に出そう。

でもね、一説によるとインフルエンザウィルスが人間にクシャミをさせるメカニズムも同じようなことかもしれないって。クシャミによって、ウィルスがどばーっとばらまかれるという仕組みね。

生き延びるためには何でもします、できます、やっちゃいます。

あ~、怖い。怖い。

サルのへんな病気がうつらないように、取り敢えずマスク買おうっと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 5日 (木)

カゼは万病のもと

本日はかなり丁寧に表現しております。なお、副音声では心の声が聞けます(←ウソ)。ところどころピー音が入りますことをご容赦ください。

 サル様 へ。

どこでもらってきたか存じませんが、カゼをひいてゴホゴホしてらっしゃいますね。

あのですねぇ、マスクぐらいしてくださらない?

せめてハンカチで口を覆うとか、手で覆ってあっち向いてゴホゴホするとか、どうかしてくれないかしら。

正直申し上げて、同じ空気を吸うことすらイヤなのに、あなたがゴホゴホなさった空気を吸うのは遠慮したいんですの。

だって、どんなバイキンかわかんないし、衛生上、よろしくありませんでしょう?

うちには受験生もおりますしね。

ワタシがヘンな病気を持って帰るわけにはまいりませんのよ。

かわいいかわいいワタシのこどもたちに、もしものことがありましたら、しまえたろか ただじゃすみませんことよ。

とっととうせろ 早くカゼを治してくださいませね。

では。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年10月 4日 (水)

かたじけなくない?

バスに乗っていると、無線の声が聞こえることがある。

バスの運転手さん同士のものもあるし、そうじゃなさそうなものもある。

たまに「?」な会話もあって、そのうちのひとつがこれ。

「かたじけありません」

…かたじけありません!?

丁寧に言えばいいってもんじゃないでしょう?

そりゃ、「かたじけない」ってのは時代劇では聞くけど、要は「もったいない」とか「おそれ多い」とかいう意味で、「かたじけない」の「ない」は「ある・ない」の「ない」とは違うでしょう?

だから丁寧に言ったとしても「かたじけありません」ってことにはならないと思うけどね。

せめて言うなら「かたじけないことでございます」とかじゃない?

でも、無線だよ。

「ありがとうございます」とかでよくなくない?(←良くない)

あはは。へんなの~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 3日 (火)

こんなときどうする?

夕方、家路を急いでいるとき。

前を歩いていたおにいさんが、何かを落とした。

どうもライター(100円くらいで買えるやつ)のようだ。

そのおにいさん、落としたライターを拾い上げて、かちゃかちゃしていた。

ああ、気の毒だなぁ…と思った瞬間、なんと!

ライターを道にたたきつけたんだよ、おにいさんが!!

え!?

ええっ????

どういうことぉ!!!!!!

我が目を疑うとはこういうことだ。

そりゃライターを落として使えなくなったことは同情できる。

でも、何も道にたたきつけなくてもいいじゃん。

それも車道の真ん中にだよ?

車が通れば潰されちゃうし、タイヤだってパンクするかもしれないし。

それに車がはねると、破片があっちこっちに飛び散っちゃうじゃん。

それが人に当たると、ものすごく危険じゃん。

わかってんの、そういうこと。

いったいどんな道徳心持ってんだよ?

ていうか、道徳心、ないのかよ?

信じられん。

全く信じられん。

あまりのことに、開いた口がふさがらないワタシ。

どんな顔してんだ?と思っておにいさんの顔を見ると…。

うーん、ちょっとやばい感じ。目がいってるというか。

ちょっとぉ、なんて注意しようものなら、

あぁ??

なんて逆にインネン付けられそうな…。

そうです、ワタシは小心者です。

道徳心のないおにいさんに、まともに注意もできません。

でも、ワタシにだって家族がいるんだよぉ。

どうすりゃいいんだ?こんなときって…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 2日 (月)

あれれ?な世の中

このごろ「あれれ?」と思ったこと。

ある政治家の憲法についてのコメントに、

「国民にも憲法尊重義務があるべき…」というのがあった。

うーん。

確か学校で習った「憲法」って、「国が国民に対してむちゃくちゃなことをしないようにする取り決め」みたいなものじゃなかったかなぁ。

だから「憲法を守るのは国民ではなくて、国です」みたいなことを教わったような気がするんだけど。

ワタシの理解が間違っていたんだろうか?

 
もうひとつ。

「奴隷制度のない日本なのに、『何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。』というのはおかしい…」というのもあった。

いや、ここで言う「奴隷的拘束」ってのは、英文の「bondage」からもわかるように、縛られたりして身動きのとれないことで、「拘束」という言葉を強めに形容したものじゃないかなぁ。だから、外国の奴隷制度とは(比喩として連想されたとしても)直接は関係ないと思うけど。

この条文は、『又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。』って続くから、要するに、悪いことをして罰せられる場合を除いては、理由もなく拘束されたり苦しい労働を強制されたりしない「自由」について規定しているんだとワタシは理解していたんだけどなぁ。

ワタシが考え違いをしていたのか?

 

政治を志す人は、というより、日本で義務教育を受けた人は、憲法を学んでいるはず。

その憲法が気に入るか気に入らないかは別にして、どういうことを規定しているかというのは「学問」として勉強したんじゃないかと思う。

深く突っ込めば、学者の間でも解釈がわかれることもあるかもしれないけど、小学校や中学レベルの教え方に、そうそう違いがあるはずもない。

いや、今ごろは教科書の中身についてもいろいろと問題が噴出しているから、使用した教科書や、教わった教師によって、同じことがらでも理解する内容が違ってくることもあるかもしれないなぁ。

そういう違いってどうよ?

結構重要な問題なのに、基本的な理解の違う人たちがあーだこーだ言ったって、うまく解決するとは思えないけど。

本当に、「あれれれれ?」な世の中なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 1日 (日)

観念と制度

ワタシの知人で、「妻の氏」を名乗っている夫婦がいる。

つまり、Aさん(夫)とBさん(妻)が結婚するときに、ふたりの名字をBさんとしたわけだ。

Aさん(夫)は結婚することによって、名字がBさんに変わった。

これを聞いた人は、10人中9.5人まで、「Aさん(夫)はBさん(妻)のところに養子に行ったの?」とか「Bさん(妻)はお婿さんをもらったの?」とか言うらしい。

そのたびに、彼らはこう説明する。

「養子ってのは、Bさん(妻)の親とAさん(夫)が養子縁組をすること。うちは養子縁組をしていません。」

なるほど。とおおかたは理解する。

恥ずかしながらワタシも含めて、そういうところがわかっていない人って多い。

まずもって、妻方の名字を名乗る=養子・お婿さん、とかいうのも変な話。

夫方の名字を名乗っても、養子とは言われない。お嫁さんとは言われるけど。

どちらの名字を名乗ろうと、結婚すれば新しい戸籍になり、戸籍の上では取り扱いに差はないはず。

妻の名字を名乗ったからって、養子縁組をしない限り、妻の親の遺産が夫個人に入るわけでもない(と思う←法的な解釈に自信はないが)。

あんまりお金のことを言いたくないが、夫の親の介護をひとりで担ってきた「お嫁さん」が、夫の親の遺産をもらえなかったという話を聞いたことがある。

夫の名字を名乗って「お嫁さん」と呼ばれても遺産がもらえないのなら、妻の名字を名乗って「お婿さん」と呼ばれても遺産はもらえないはずだ。

どうしてこんな「誤解」がまかり通っているかというと、古い時代の「家」の感覚が、まだ抜けきれていないせいだと思う。

こういうことを言うと、伝統を大切にしないとか批判されがち。でも、観念と制度は切り離して考えるべきだと思う。

結婚して夫の名字を名乗ると、「○○家の嫁」と呼ばれる。妻の名字を名乗ると、「○○家の婿」と呼ばれる。

まぁ呼ばれ方は嫁でも婿でもどうってことないが、観念的な「嫁」や「婿」の役割を押しつけられるのはどうかと思う。

例えばお墓と宗教の問題。夫の名字を名乗っているだけなのに、夫の家(先祖)のお墓に入るものと思われていないか。夫の家(先祖)の宗教で葬式をするものと思われていないか。

はっきり言って、ワタシは嫌だ。自分自身ほとんど無宗教だからそんなにこだわりたくないけれど、夫の家(先祖)の宗教はなじめない。そんな宗教でお葬式をしてほしくないし、その宗教がかかわるお墓にも遺骨を入れてほしくない。

それは伝統やしきたりをないがしろにしているんじゃなくて、うまく言えないけど「気持ち」の問題。簡単に言うと「嫌なものはイヤ!」ってこと。

それをわがままだと言われればそれまでだけど。

でも、わがままだと非難する人に問うてみたい。

あなたがある宗教の信者だとして、あなたに娘がいるとして、その娘もその宗教の信者で、家族でその宗教を大切に信仰し、穏やかな幸福な人生を送ってきたとする。

ある日娘が恋をして、結婚したいと言ってくる。相手の男性に申し分はない。ふたりは愛しあっている。

娘はその男性と結婚する。結婚にあたり、どちらかの氏を選ばなければならない。ふたりは話し合い、娘は相手の男性の氏を名乗る。

ところが相手の男性の親は、あなたが信仰している宗教とは違う宗教を信仰しており、「ウチの嫁になったのだから、こちらの宗教にするべし」と娘に改宗を迫ってきた。

さて、あなたはどうしますか?

改宗を嫌がる娘に「それはわがままだから改宗しなさい」と言えますか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月29日 (金)

愚痴っていいかな?

「ここの箇所はこういう理由でよろしくないから、こういうふうに修正してください。」

スタッフの作ったペーパーを修正してもらうとき、ワタシはできるだけ理由を説明するようにしている。

ところが、前段の「ここの箇所はこういう理由でよろしくないから」というのは、本人にとってはそれほど重要でないらしく、ワタシのOKさえもらえればいいということで、あっさりと指示どおりに修正してくる。

何が困るかと言うと、修正する理由がアタマに入っていないこと。

で、同じミスを何度も繰り返す。

「この前、修正してくださいと言ったでしょう?」

…はい。

「それであなたは修正したでしょう?」

…はい。

「それでどうして同じことを?」

…この前とは違うから。

「はぁ?」

…。

言われたことはするけれど、言われないことはしないんですねぇ。

考えるってことができないんですかねぇ。

その割には、「OKをもらうのに時間がかかる」なんて文句を言われちゃうんですよ。

誰のせいなんですかぁ?

 

あと、ちょっとこのごろ「あれれ?」と思うのが、返事のこと。

「ここ、ちょっと間違ってますよ。」

…カチャカチャカチャ(←PCのキーを叩く音)

「あと、こことここも…」

…カチャカチャカチャカチャカチャカチャ(←PCのキーをひたすら叩く音)

…。

いや、だから顔を上げて、ワタシの言うことを聞いてよ。

すぐさま修正する心意気(?)は買うけど、「はい、わかりました」って一言があるべきでしょ。

このタイプも、なぜ間違ったかの理由を考えず、指摘された部分だけを修正しようとするから、やっぱり同じ間違いを繰り返す。

なおかつ、全体が見えていないから、ひとつの修正が他に及ぼす影響を斟酌できない。結果、矛盾だらけってことになる。ついでに言えば、「見直し」をしない。一度ざっと見直せば気づくような間違いも、見過ごしてしまう。

「あなた、学生時代にテストで見直ししなかった?」

…はい。しなかったですねぇ。

 

人生を見直してください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月26日 (火)

わずらわしいんですよ

名字が変わるということは、何かと面倒なことだ。

パスポートや運転免許証、健康保険、生命保険、貯金通帳、クレジットカード、会員証、資格の証明書、各種ID…。

役所や銀行や職場等々で、いろんな変更手続きしないといけない。

そのたびに印鑑がいるから、印鑑も買う必要がある。

それから友人知人へのお知らせなどなど、あれやこれや。

こんなたいへんな作業をもう1回やれと言われたら、ぞっとする。

だから、名字を変えたくないという人の気持ちはよくわかる。

特に、その名字で社会的に認知されているような場合はなおさらだ。

Aという名字で論文を書いているような人がBという名字になって、Bという名字で論文を書いたとしても、同一人物の業績と思われないだろう。

Cという名字の営業担当者がDという名字で見積もりを出してきても、担当外の別人の見積もりと思ってしまう。

だから、名字を変えたくない場合、仮に結婚して戸籍上の名字が変わったとしても、旧姓を使っていることが多い。

あるいは事実婚として戸籍上の名字を変えないという選択もある。ただこの場合、生まれた子どもの戸籍をどうするかが問題となる。

それで「夫婦別姓」について、各方面で論議されているはず。(このごろあんまり耳にしなくなったのは気のせいか?)

名字を変えるわずらわしさを経験したことのない人たちが、えらそーにしゃべるのを聞くと正直むかつくし、お墓がどうの家がどうのと言われると、「そんな問題かよ?」とつっこみたくなる。

まぁそれは置いといて、このごろ増えてきた旧姓使用だが、公的な場面ではダメなことも多い。

たとえば特定の権力を持っている人が、第三者に向かって権利を主張する場合とかは、戸籍上の氏名を使うことになる。組織のトップとか政治家とかは、こういう場面が多いはず。

だから、旧姓とか芸名とか通称で普段は活動していても、公的な書類には戸籍上の氏名(←ほとんど知られていない)が表示されるわけで、「誰?」てなことになる。

いや、いいんですけどね、誰だかわからなくても、普通は。

でも、政治家とか公人と言われる人たちは、それでいいのかなって思うわけ。

「Eを名乗っていますが、実はFです」って、なんかこう、国民に対する説明責任みたいなものが果たせるのかなって。個人の都合で旧姓を使える人と、そうすべきでない人って、やっぱりいると思う。

せっかく政治をやっているんだから、そういう面倒なことをしなくていいように、また国民が不可解な思いや不都合な思いをしなくていいように、考えてくれないかなぁ。

だって旧姓を名乗るってことは、戸籍上の名字を名乗ると不都合だと認識しているってことでしょう?

生活者の視点に立った政治って、まさしくこういうことだと思うんだけど…。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年9月25日 (月)

ごめんなさい

夕方、バスの隣の席に座ったのは、めずらしく(?)きれいなおねえさんだった。

運が悪いときは、お酒のにおいをぷんぷんさせた怪しげなおじさんだったりして、そうするとどちらかがバスを降りるまでブルーな気持ちが続いてしまうわけで、その悲運からすると今日はラッキーデーなのだ。

ところがこのおねえさん、しばらくすると頭が左右に揺れだした。携帯電話のキーに触れたまま、まるで絶命したかのように爆睡している。

頭がワタシのほうに振れたときは体重が思いっきり乗ってくるし、反対側に振れたときは座席から転がり落ちそうな勢いだ。

まぁそんなに重くはないし、いい香りもするし、許せる範囲の粗相ではあるが、ファンデーションがワタシの洋服に付かないか、それだけは心配だったりする。

それで、死んでも…もとい、爆睡しても離さない携帯電話。見るとはなしに目に入るディスプレイ。

なんとそこには「ごま」の文字が…。

ごま…!?

お、おねえさん。そのダイイングメッセージはいったい…!?

…。

しばらく振り子のようになっていたおねえさん。

それでも自分の降りるバス停が近づくと、本能のように目をさまし、携帯のキーを打ち始めた。

謎のメッセージが気になってしかたがないワタシは、いけないと思いつつ、肩を貸した恩義もあり(←勝手な理屈)、ちょっとのぞき見を。 ああ、神様仏様ごめんなさい。

そこには…。

ごめんなさい」のひとことが。

ああそうか。

おねえさん、「ご」の次に、「ま行」のキーを1回押したところで絶命…もとい、深い眠りに落ちたのね。

そこまでして、いったい誰に謝りたかったかわからないけど、よほど疲れていたのね。

ワタシのしみじみ光線に気がついたのか、おねえさん、降り際に「どうも~」って挨拶してくれたわぁ。

その笑顔、大事にしてね。感じ良かったから、許しちゃおっと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月23日 (土)

家庭科って

我が息子の部屋には、教科書やらノート、プリント、マンガや雑誌、文庫本などが見事なほどに散乱している。

親の躾が悪いと言われればそれまでだが、なんとかならんのかい、と愚痴ってみる。

そんな惨状をぼーっとながめていると、家庭科の教科書が目に入った。

そうか、このごろは中学・高校の男の子も家庭科をやるんだ…。

今となっては当たり前のことでも、つい(?)30年前には当たり前じゃなかったもんなぁ。

うちのダンナなんて、ボタンひとつ付けられないし、アイロンがけだってできなかった。ま、彼の場合はワタシの躾が良くって、なんとかアイロンがけは(やれば)できるようになったけどね。

結婚した当初は、雨が降っても洗濯物を取り入れることすらしなかったが、このごろは洗濯して干して、取り入れるまではやってくれるようになりました。ハイ。

たたんだりアイロンがけをしたりクローゼットにしまったりは、もう少し修行が必要です。

まぁそれはともかく、家庭科の教科書の中身も随分様変わりしている。家族のあり方とか環境問題とか、「家庭」にかかわる広い世界が網羅されているような感じだ。

ああなるほどね。家庭科を「家庭」の中のことだけととらえていたのは、ワタシのような一昔前の女たちだったのかもしれないな。反省反省。

家庭科というネーミングにも問題があるかもしれないが、とにかくこういった学習を男女ともに学校できっちりやっていかないと、地に足のついた人間が育っていかないと思う。

子育てとか介護とか、環境問題や経済の問題等々、政治家が縷々述べているようなことがらは、突き詰めれば「家庭」の問題だったりする。

ボタン付けができない、アイロンがけができない人が語る政治って、いったいどうよ?と思ってしまう。

もう女性政治家が「生活者の感覚で」なんて言ってること自体が古いわけで、男女問わずに「生活者の感覚で」政治を語ってほしいな~。

…なんて、汚い部屋をながめながら、とんちんかんな繰り言をぶつぶつ言う、息子には非常に甘いワタシです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月22日 (金)

同じ時間・同じ道

朝もまた、同じくらいの時間にだいたい同じ道を通ってオフィスに向かうから、毎日のように顔を合わせる人もいる。

春先には初々しかった女の子が、夏を過ぎ秋の装いになるころにはすっかりきれいなお姉さんになっていたりする。

また、青白い顔をしてゆっくり歩いていた妊婦さんが、ちょっと見ないと思っているうちにベビーカーに赤ちゃんを乗せて、自信に満ちたママになって現れる。オフィスに託児所があるのか、ビルのなかに赤ちゃんと一緒に入っていく。「がんばれー」と、心の中でエールを送る。

はるか昔、某女性タレントが職場に赤ちゃんを連れてきたとかで、ちょっとした論争になったっけ。是非はともかく、その当時に比べれば、子育て事情も少しはマシになったんじゃないかな。確実に言えることは、子育てしながら働く女性の数が増えたということ。そして、子育て支援に対するニーズが多様化しているということ。

確かに論調のなかには「それはちょっと甘えすぎでは?」というのもなくはないが、当事者にとっては切実な問題なんだと思う。「そうだよね、がんばっているよね」という声かけでも、随分救われるはず。

な~んてことをつらつら考えつつ、同じ時間、同じ道を繰り返し歩く。名前も知らない人たちと、ちょっとした連帯感(←かなり一方的だが)を持ちながら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月18日 (月)

嵐のあと

いや~、昨日の風はすごかった。

我が家は一応マンションだが、そのマンション自体がガタガタ揺れるのだ。

地震でもないのに倒壊したらシャレにならない。

毎年、台風がやって来るが、今回のは最上級だと思う。

そして、嵐の後もすさまじい。

ベランダのものが、いろんな場所に散乱している。

きっと街中もすごいことになっているだろう。

そして、季節もすっかり変わっているに違いない。

またがんばって働かなきゃな。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年9月16日 (土)

アタマの体操

せっかくの3連休なのに、台風が来そうな雰囲気。

お出かけができないので、またしてもPCゲームにひたる休日。

建設的でないことはわかっているが、そんなにお金もかからないし、アタマの体操にもなります!(←きっぱり)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月15日 (金)

クロに近い灰色

ワタシもお酒を飲むので、「酔って覚えていない」という言い訳は、ある程度理解できる。

でも、「本当か?」と疑いたくなるようなことがあるのも事実だ。

夜遅くまで残業をして、疲れはてて乗ったバスの隣の席に座ったおじさん。

乗って早々居眠りをしだす。

そして、腕がだらしなく垂れ、いつしか…。

ここで抗議しても、このおじさんは「寝ていた」とか「酔っていた」とか言い張って、わざとではないことを主張するだろう。

限りなくクロに近い灰色だ。

このおじさん、常習者らしく、別の日にも女性客とトラブルを起こしていた。

抗議した女性に対し、「○○署の●●(警察官の名前?)を知っている」と脅しにもならない脅しをかけ、逆因縁をつけている。

この野郎、とんでもないオヤジだ。

女性をモノとしか見ていない。

なんとかギャフンと言わせたいが、灰色なだけに決定的な方法がみつからない。

悔しい限りだ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月13日 (水)

なんだかなぁ

日常生活において、「なんだかなぁ」と思うことはよくある。

ものすごく怒るでもなく、哀しいでもなく、悔しいでもなく、「なんだかなぁ」なのだ。

今日もオフィスでそういうことがあった。

で、どうも後味が悪い。

自分の中で物事がよく整理できないし、感情もどっちつかず。

こういうときは、考えすぎると煮詰まるばっかりなので、取り敢えず考えることをやめてみる。

そういうわけで、今ちょっと夢中になっているPCゲームをします。えへっ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月11日 (月)

読み飛ばして

「更衣室にマナーを知らない人がいる」と、ジムのスタジオでおばさんがしきりに愚痴っていた。

まぁ気持ちはわかるが、こういう愚痴を生で聞かされるとあんまり気持ちのいいものではない。

このおばさんの憎々しげな言い方が癇に障るせいかもしれないが。

とは言いつつ、ワタシはここで愚痴ってばかりいる。

もともと人に愚痴るのがイヤで我慢していたのだが、結構それも限界に達して、なんとかしなくちゃと思って始めたのがこのブログ。

だから、読んでくださる人のなかには、そんな愚痴に対して不快な思いをされる方も多いと思う。

ゴメンナサイと言うほかありません。

勝手な言い分ですが、ワタシの心の叫びである愚痴は、適当に読み飛ばしてください。

よろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 7日 (木)

また言わせて!

さて、ワタシのオフィスには、サル野郎 のほかに タヌキ親爺 もいる。

動物園か、ここは。

このタヌキ親爺が一筋縄ではいかない。

どこでどういう経験を積んだか知らないが(←実は把握しているけど)、ほとほと手を焼いている。

理解力がなく、頑固で、融通がきかず、プライドが高く、素直さがない。

もっと形容詞を並べることができるけど、考えただけで腹が立つ。

基本的なところで言えば、「はい」と言わない。

「ここはこれこれで、こうじゃないんですか?」

と質問すると、必ずとんちんかんな質問で返す。

出たっ!社会人として最低の「質問返し」!

はじめのうちは少しでも戦力になってもらおうと、その返された質問に答えていた。

でもこのタヌキ親爺、同じとんちんかん質問を何度も何度も繰り返す。

せっかく答えてやったのに、聞いてないんじゃん!

理解してないんじゃん!

もしかして、わざとなの!?

…。

  ふざけんじゃないよ、このタヌキ親爺!

  とぼけたふり、するんじゃないよ。

  わからないならわからないって言えよ。

  できないならできないって言えよ。

  人の優しさにつけ込んで、だまくらかそうとするんじゃないよ。

これくらい言わないと、またまた病気になっちゃう。

本当にがんばれよ、ワタシ…。

| | トラックバック (0)

2006年9月 6日 (水)

言わせて!

久々にサル野郎の話。

根本的に考え方が違うから、こちらからは接点を持たないようにしている。

むこうはそれに気づいているやらいないやら。

しょせんサル。どうでもいい。

でも対抗意識はあるようで。

何かにつけて、ワタシを揶揄するようなことを言う。

遠回しに言っているつもりが猿回し。

もうバレバレ。

…。

  もうちょっと気のきいた言い方できんのかねぇ。

  見え透いてるんだよ、あんた。

  それにワタシは、あんたごときの敵じゃないし。

  せいぜい足掻いてな。

  お似合いだよ。

  このサル野郎!

ま、こんだけ言ったらすっとするな。

どっかで発散しないと、また病気になっちゃう。

がんばれ、ワタシ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月29日 (火)

にわとりおばさん

真偽のほどは定かではないが、にわとりは3歩あるくと、覚えていることを忘れるそうだ。

…。

バスに乗ろうと行列に並んでいると、すぐ後ろのおばさんが、そのまた後ろのお姉さんになにやら声をかけて列を離れた。

売店で何か買いたかったらしい。

戻ってきたおばさんは、ワタシの後ろではなく、10人ほど前の人に何か言いながら、列に入り込んだ。

え?

ワタシは思わず後ろのお姉さんを振り返って見たが、お姉さんはきょとんとしている。

おばさんは、目印となるお姉さんを間違えたのだ。おそらく、服の色か何かが同じだったのだろう。

気持ちは分からないでもないが、10人抜きをされたほうはたまったもんじゃない。

駅伝じゃあるまいに。

間違えられたお姉さんも注意すればいいものを、おばさんのあまりに堂々とした態度に、あきれて何も言えなかったのだろう。

こういうおばさんを野放しにしておいちゃ、秩序が乱れる。

目が合ったら、ひとこと言ってやる。

バスの中だと角が立つかもしれないから、そうだ、降りるときに言おう。

とか思いつつ、はっ!と気がつく。

そうだ、このおばさんは、もう列に並んでいたことすら、忘れているかもしれないと。

あり得るあり得る。

だから文句を言ったところで、何のこと?と怪訝な顔をするに違いないと。

やめたやめた。

こっちがインネンつけていると思われるのがオチだ。

そしてこのおばさんは、バスから降りて3歩で、バスに乗っていたことすら忘れていたりして。

はは、まさかね。

な~んて、アタマの中で思考がぐるぐるしたワタシであった。

ちゃんちゃん♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月28日 (月)

悪意の第三者

また飲酒運転が原因で、いたましい事故が起こった。

我が家はダンナもワタシもお酒を飲むが、飲んで運転をするなんて考えられない。

(ダンナをいつも監視しているわけじゃないけど…)

ところが、封建的な土地に行くほど、「まぁそれくらいよかろうもん」てな雰囲気が強くなる。

車なので…とやんわり断ろうとすると、「うるさいことを言うヨメ」と非難される。

「ちょっとそこで一眠りすればいいよ」なんて、無責任なことを言ってくれたりする。

あのね、そんなこと言って事故でも起きたら、あんたら一生、地獄の果てまで恨むよ。なんて口には出せないけど、心の中では思う。

おそらく、こういう無責任なことを平気で言う人たちだって、テレビのニュースを見て、「かわいそうにね~」とか「なんでお酒飲んで運転するかね~」とか、ひとごとのように言っているんだろう。

もちろん、実際に罪を犯した人は非難されるべきだが、ワタシはこういった、自分のことを振り返りもせずに、のんきにテレビを見て好き勝手なことを言っているような「悪意の第三者」が許せない。

実際のところ、結構たくさんいるんだな、これが。

他人だと避けて通れるが、身内だったりするとまるで地雷原。

こういう親戚といかに付き合うかが重大な問題になってくる。

冠婚葬祭なんて、いやもうたまりませんって。苦痛で苦痛で。

「どうも親戚が自分によそよそしい」と感じているそこのアナタ。

自分が言った一言で、恨みをかっているかもしれませんよ~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月27日 (日)

ステレオタイプ

ワタシの上司のひとりはこうのたまう。

「挫折した人間のほうが仕事ができる」と。

いや、それはひとつの事実であるかもしれないが、真実とは言えませんって。

たまたまあなたが接した人が仕事ができて、その人が挫折経験者であったか。

または、たまたまあなたが接した人が仕事ができなくて、その人が挫折未経験者であったか。

そんなとこでしょ。

いるんだよね、こういうステレオタイプの人。

思い込みが激しいというかなんというか。

挫折を経験したことのない人は、仕事ができないの?

仕事ができるようになるためには、挫折を経験しなくちゃいけないの?

そういう短絡思考がはびこって、しまいには就職セミナーとかで、「私はこうして挫折しました」なんてテーマで語る練習とかするようになるよ。

だからね、挫折しようと思って挫折する人なんていないと思うわけよ。それは結果でしょ。

挫折してそこからどう生きたかってことが重要なんじゃないのかな。

挫折を糧にして、いろいろと学んで、そうして仕事もできるようになっていくんじゃないの?

ていうか、「そういう人もいる」ってことだと思うけど。

なーんか、多いんだよね。ステレオタイプ。

若いころはムキになって反論したけど、今はもう「はい、そうですか」って感じかな。

心の中では「ばっかじゃないか、こいつ」と思いつつね。あ~あ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月26日 (土)

暑さはもう少し

昼過ぎからものすごい雷雨。

季節の変わり目に雷が多いような気がするけど、この雷雨もそうなの?

雨が上がったら、一気に秋めいていたりして。

そんなわけ、ないか…。

季節の変わり目は、なんとなく寂しい。

その季節に、心残り(やり残し)があるからかも。

この夏は、どうだったんだろう。

体調をくずしたりしたけれど、なんとなく気持ちが定まったような気もするし。

いろんなことが上に向かっているような心地よさも感じるし。

…。

そうこうしているうちに雨も上がって、夕暮れまでのひとときの晴れ間が見える。

暑さはもう少し続きそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月19日 (土)

続・迷惑です

先日ぼやいていた 迷惑メール は、外国から大量に送りつけられていたものらしい。

携帯の会社が受信拒否の措置を講じたそうだから、もう来なくなるだろう。

こんなふうにメールアドレスが海外へ流出するなんて、あたりまえのことかも知れないけど、ワールドワイドなんだなぁと感心してしまう。

アメリカに住む友人とも簡単にメールでやりとりができ、年寄りじみた言い方だが、世の中便利になったものだと思う。

ただその反面、困ったことにちょっと依存症気味だったりする。どこへ行くにも携帯は持って行き、つねにチェックし、仮に忘れようものなら即座にパニックに陥る。

ほんの10年かそこらで、多くの人々が携帯なしでは生活できなくなってしまったようだ。「世の中で一番大切なモノ」ランキングの上位にくい込んでいるに違いない。

ところで例の迷惑メールでは、怪しげなクスリとかを売り込む内容が英語で書かれていたらしい。

今のところ被害は報告されていないようだが、こういうモノに興味を持つ人も、またそれを生業とする人もいるということだろう。

魑魅魍魎が跋扈する世の中になったものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)